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奈良クラブを100倍楽しむ方法#005 第5節対ヴァンラーレ八戸 ”Forever young”

 今回はまずは結果から先に述べよう。1対0。奈良クラブは今期初勝利を見事に飾った。会心の勝利だった。どの勝利についても、そしてどの敗戦にもそれぞれの物語があり、「ああ、あの時はこんな風だった」と回想できることがスタジアム観戦の素晴らしい部分であり、まさに記憶として語られる部分なのだが、今回ばかりはその中でもトップレベルの試合だったと言える。それは試合後の選手たち、声を枯らして応援したファンたちの表情が「喜び」「熱狂」というような幸運の要因ではなく、「安堵」や「達成」といった信じていたことが成就したという幸せを噛み締めるようなものだったことでもわかる。単なる一勝には収まらないような、素晴らしい勝利だった。


先発:ミッドウィーク開催の影響

 では、試合の内容に入っていこう。先発は上記のメンバーである。大宮戦からの入れ替わりは、まずは怪我の影響もありそうな中島選手に替わって神垣選手。下川選手のところには寺島選手が入る。西田選手はおそらくコンディション面を考慮してベンチ外、嫁阪選手が先発することになった(結果的に90分フル出場)。そしてフォワードはパトリック選手ではなくて百田選手が復帰。入れ替わりがあったのはこの4名だが、この試合が水曜日の開催というところがポイントだ。基本、J3の選手は週一回の試合のペースで身体を作っているので、週に2回にフルパワーで試合をすることには慣れていない。土曜日に試合をしたあと水曜日までにどれぐらい回復しているか、次の相手にどれだけ準備できているか、その次の相手はどういうタイプなのかを考えた上で、選ばなければならない。ここまであまり先発の入れ替えをしなかったフリアン監督も、さすがに入れ替えは必須だった。戦術的には誰が出てもそこまで変化はないのだが、左サイドバックが寺島選手が入ることで、岡田選手を追い抜くような攻撃よりも、後ろで構えてサポートするような役割があったのではないかと推測する。右サイドは嫁阪選手が入ることで、縦方向への突破ではなくパスの出口を作り、展開していく、あるいは対角線のクロスを上げるような攻撃が多くなるだろうというのは安易に予想できる。つまり、今シーズンの特徴である前向きの守備を意識しつつも、昨シーズンからの継続でボールをキープすることも求めるようなメンバー配置となった。

今日のスターティングメンバー

前半:進撃のサワンゲリオン

 ヴァンラーレ八戸と対戦するチームの最重要課題は、大型で万能型のフォワード、オリオラサンデー選手をどう抑えるかになる。奈良クラブでは基本的には澤田選手が彼をマークし、鈴木選手がカバーに入るという約束があったようだ。そして、この試合でオリオラサンデー選手が決定的な仕事をすることは一度もなかった。澤田選手の完勝である。思えば昨シーズンの八戸での試合では彼にかなり手を焼いた印象がある。今日は澤田選手が完全に前を向かさない守備を徹底し、試合から彼を消すことに成功した。特に彼にボールが入りそうになるときは、持ち前の俊敏さでパスをカット。オリオラへのパスが通らないと八戸は全体が前に押し上がらないので、がんばってはいるが攻撃が継続しない状態になる。
 そういう苦しい中でも、八戸の選手たちはお互いに大きな声でポジションの修正や意識の持ち方を声掛けし、懸命に戦う姿勢をみせていた。今回はメインスタンドの真ん中にいたので、選手同士の声が非常によく聞こえたが、八戸の選手たちの声かけはかなり密で、監督も加えて非常に一枚岩なチームの印象をもった。先日の富山に続き、この八戸も戦国時代のJ3のなかで必死で戦っているのだ。リスペクトしない理由はない。
 話を試合に戻そう。澤田選手には、もう一つパスの技術が高いという特徴があるが、それが存分に生かされた試合でもあった。ただし、これは全体のバランスにも関係することでもある。
 八戸のフォーメーションはDAZNの説明では3−5−2となっている。が、左のウィングバック14番の前澤選手はこの試合、対峙する岡田優選手をほぼマンツーマンでマークするので、守備時は4バック、あるいは右サイドの國分選手も降りてきて5バックのような陣形になった。すると中盤は3人が残るが、それではやや枚数が足りないので、FWでの登録になっている佐藤選手が中盤をサポートするために降りてくる。となると、奈良クラブのセンターバックにはオリオラ選手が一人で二人を抑える必要が出る。しかし、本当は奈良クラブのバックラインは2人ではない。ここにGKのヴィト選手も加えた3人で展開される。しかも、ヴィト選手のフィードはかなり正確なので、GKにまで戻させて蹴らせればマイボールになる、という展開はあまり望めない。このトライアングルのなかにオリオラ選手を閉じ込めた結果、彼は守備時でさえも試合から存在感が消され、後半の途中に交代となった。完全に作戦勝ちである。
 また、特に澤田選手に顕著であったが、鈴木選手も含めてセンターバック同士のパス交換ではなく、反対サイドのサイドバックへのパスが非常に多かった。これは、先の八戸の守備時の陣形が両翼がディフェンスラインに吸収される関係で、マイボールのときは両サイドバックが基本的にフリーであるという現象が起こるからだ。これのおかげで、奈良クラブは攻撃の際、手詰まりになったときは躊躇なくバックラインへ下げ、逆サイドに展開することで相手を動かし、マークのギャップを狙うことができるようになった。八戸は前半、かなり走らされたのではないだろうか。それでも、シュートまで持っていくのは八戸もさすがである。
 奈良クラブは、國武選手のプレーがやや重そうな印象だった。守備時は流石の存在感だが、攻撃時に顔をだすプレーが少ない印象を受けた。前半は奈良クラブも無理はしないことを優先したのか、神垣選手は堀内選手と並ぶような立ち位置も多く見られ、その分中盤で受ける選手が國武選手一人になったこともあるかもしれないし、八戸がうまく彼へのパスコースを切っていたこともあるだろう。また、連戦での疲れもあるはずだ。というか、高卒ルーキーにして相手に相当マークされる國武選手。末恐ろしい。

後半:Mr.奈良クラブの登場

 後半も開始から奈良クラブがボールを動かし、八戸が受けるという展開。八戸はボールの保持は諦めるも、鋭いカウンターは健在で、加えてセットプレーで奈良クラブのゴールに迫る。身長では五分五分のようだが、八戸の選手は非常にフィジカルの強度が高く、頑丈そうに見えた。皆非常にどっしりとした印象で、非常に鍛えられていることがわかる。手強い相手だ。

 後半15分、フリアン監督が動く。まずは寺島選手に替えて下川選手の投入。これまで奈良クラブの左サイドは岡田優選手と寺島選手の縦の並びだったが、八戸は岡田優選手に14番がマンマーク気味につき、さらにセンターバックもケアにくるので常にダブルチームで彼に対応していた。そのなかでも前半岡田選手は得意のカットインから惜しいシュートも放っていたのは流石である。こういうシーンがもっと見たい。そして、下川選手が入ると、下川選手はサイドに張り出した岡田選手の中側を追い抜いていくプレーを見せる。これで相手のディフェンスに迷いが生じ、どうしても自陣方向にポジションが引っ張られる。すると、岡田優選手は対角線にドリブル、もしくはクロスを入れられるスペースが生まれる。結果的にこれが決勝点の布石となる。フリアン監督、冴えている。
 そしてMr.奈良クラブと言っても良い山本選手の投入。山本選手はディフェンスラインとミッドフィールドの間、いわゆるハーフスペースにするするとポジションを取り、サイドバックからのパスコースを引き出し始める。こうなると、特に左サイドは止められない。山本選手にボールが入り、下川選手が上がってくる、必然的にチーム全体が自陣方向に引っ張られると、利き足と逆サイドにいる岡田優選手、嫁阪選手は余裕をもってボールをキープし、パスでもシュートでもドリブルでも選択ができるようになる。
 そして、百田選手に替えてシューターのパトリック選手を投入。これで「つべこべ言わずに、チャンスと思ったらシュートを打て」という監督の意図を汲み取った攻撃になる。待望の先制点はこうして生まれた。
 先制点の攻撃の起点は、実はゴールキックからである。ヴィト選手は隣の澤田選手へパス、澤田選手はフリーの下川選手へパスするが、そこへ相手はプレスをかけようと寄せる。しかし、そのプレスを嘲笑うかのように大きなサイドチェンジ(こういうの、やられる方はめっちゃきつい)で生駒選手へ。生駒選手は交代で出場していたリンクマン中島選手にボールを預けると、八戸の選手のちょうど間にポジションする山本選手へワンタッチパス、山本選手もワンタッチで落としたボールに堀内選手が、ほぼ中盤のようなポジションに上がってくる下川選手にまたもやワンタッチでパス、ここから岡田優、山本とつないで攻撃するも、一度跳ね返される。ただし、ワンタッチパスでするするっと前進する様子は、昨シーズンのようでいてそうではない。なにより、ボールが前へ前へと進んでいくのだ。しかも、ボールホルダーはほぼノープレッシャーでプレーしている。こういう攻撃ができれば、これからの未来は明るい。
 跳ね返されたボールはすぐに奈良クラブが回収し、生駒選手、鈴木選手と繋がり、澤田選手を経由して中盤化する下川選手から左サイドいっぱいに張り出した岡田優選手へ。下川選手はパスを蹴ると、そのままの勢いで岡田優選手の前を走り抜ける。すると岡田優選手の対応のサポートをしていた選手が下川選手を気にしてラインが下がる。岡田優選手に最初に対応する選手は、まずはドリブルで抜かれないことを最優先するので、ボールを奪うというよりも進路を防ぐポジションを取るので、岡田優選手には寄せきれない。ここで逆サイドの嫁阪選手へのパスコースが開ける。岡田優選手はワンステップで嫁阪選手へクロス。やや風に流されたボールだったが、嫁阪選手は体を入れ替えてディフェンダーの前へ出る。丁寧な胸での落としでパトリック選手へ「はいどうぞ。あなたはこれをダイレクトで打つんですよ」という気の利いたボールを送り、パトリック選手はダイレクトでゴールを一切見ずに右足を一閃。強烈なシュートは、瞬きをすることも許さないスピードでゴールに吸い込まれた。
 大宮戦でのパトリック選手の惜しいシュートもそうだが、パトリック選手は最初にボールを受けるのではなく、リターンをダイレクトで打つ、というのが形になっているのだと思う。そして、パトリック選手はシュートをほとんどふかすことがない。試合前の練習でも、芝生を焦がすようなシュートを連発している。このゴールも普通なら打ち上げてしまいそうなところを、体を捻りながらも上体で押さえ込んで、枠へと飛ばすことに成功した。ゴールキーパーはノーチャンスだ。
 こうなれば八戸の作戦はただ一つ、前線へのロングフィードからのパワープレーである。そして、これが奈良クラブにとって一番嫌な攻撃パターンだ。なかなかに危ないシーンもあったが、長野戦での反省もあり、やられっぱなしではなく、キープして相手陣内まで持ち上がり時間を使うような工夫も見られた。これがもっとうまく慣れば、そもそも相手に攻撃をさせないような終わらせ方もできるだろう。アディショナルタイムの4分に、長野戦の記憶が蘇り嫌な予感もしたが、どうにかタイムアップ。奈良クラブ、今期初勝利はこうして成し遂げられた。

喜びを爆発させる鈴木主将

はじまりの旋律

 「ヴァモス!!」
 試合後、バス待ちをしていると、鈴木キャプテンが登場し、開口一番こう叫んだ。「でも、ヴァモス!とか言ってるけど、本当は安堵感しかない(笑)俺がキャプテンマークを巻いてたら勝てへんのちゃうかと思ってた。」と続ける。かなり率直に自分の気持ちを吐露されていた。それだけ、プレッシャーのかかる日々だったのだろう。滲み出る、とはまさにこういう様子をいうのだという、彼のほっとした表情が印象的だった。
 バス待ちでは澤田選手にも声をかけさせてもらい「今日のプレーは最高でした」とお伝えした。澤田選手は口数は多くないが、すでに気持ちは次の試合に向いているような印象だった。これで満足はしないぞ、というかなり強い意志を感じた。ちなみに、僕の選ぶ今日のMVPは間違いなく澤田選手だ。彼がオリオラ選手を止めなければ、その後の展開はなかった。今日の試合の流れを作ったのは澤田選手だ。
 なにより今日は、天候が最悪だった。先日の富山戦も雪だったが、今日は晴れ、曇り、雨、みぞれと天気が目まぐるしく入れ替わり、さらに暴風が吹き荒れる超タフコンディション。遠く八戸から来たファンの方々も含め、試合を見るだけでも大変であった。おそらく、観客以上に選手も大変だっただろう。両チームとも、足を滑らせたり、キックミスがあったりと、思い通りのプレーができなかった部分もあっただろうと思う。今日は春分の日なのだ。春なのだ。しかし、今日は冬である。ただの冬ではない。真冬だ。そういうなかで、掴み取った今季初勝利である。確かに今日の観客は700人ほどだったので、少しスタンドは寂しかったが、今日の試合を見た700人はきっとまたスタジアムに来るだろう。一緒に観戦にいった同僚も「これで明日から頑張れる」としきりに口にしていたが、そういう力をもらえるような試合だった。こういう試合を続けていれば、きっとファンは増えてくるし、応援したくなるチームになるはずだ。
 もちろん、改善点はある。変わらずイージーなパスミスからピンチを招くシーンもあるし、流れが悪くなると岡田優選手が孤立することもある。上位を狙うにはこうしたところは変えていかなくてはならない。しかし、今日はそういうことを言うのは無しにしよう。あの環境のなかで戦い抜いた奈良クラブの選手たちのスピリット、もちろん八戸の選手たちの戦う気持ち、この余韻にしばらく浸っても、誰に文句を言われようか。そう、同僚風に言えば「これだから、奈良クラブはやめられない」のだ。

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