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奈良クラブを100倍楽しむ方法#019 第20節対YSCC横浜 ” The Girls Are Alright!"

 練習が好きだ。なんなら本番よりも好きだ。本番は、言うなれば答え合わせのようなもの。練習の方が試行錯誤や工夫ができるので、楽しみがいがある。個人的には本番が無くても充分に楽しい。それくらい練習が好きだ。
 さて、先日から奈良クラブの夜間練習が公開された。練習場のナラディーアは自宅からも近いということで、見学に行ってきた。これは素晴らしい体験だった。
 内容については規約があるので書かない。それでも練習について書くのは、試合では見られない選手の違う面を発見したからだ。奈良クラブの選手たちはテクニック重視の選手が多い印象だ。でも、そこで僕が見たのは選手達の身体的な能力の高さ、強さだった。みんなめちゃくちゃ速いし、上手い。そして強い。ゲーム形式の練習になると、自分の1メートル前を選手が走る。その迫力は形容し難いものがある。試合が近づいているということもあり、本番さながらの激しい局面の攻防も見られた。フリアンからもかなり細かい指示が飛んでおり、通訳さんの話の内容から次節の狙いや深めたいポイントを想像することができる。決して、仲間内でなあなあでプレーをしているわけではない。彼らはプロなのだ。
 是非、一度練習を見学に行ってみてほしい。試合とは違う面白さがあるし、奈良クラブへの理解度もぐんと深まるはずだ。

試合前の展望

 さて、今節の相手はYSCC横浜である。横浜の基本フォーメーションは3−4−2−1だ。一言で言うと、ジェネリック版のサンフレッチェ広島である。最近、この手のチームはJ3に多い。奈良クラブは割と古典的なポゼッション型で、保持と非保持の陣形を変える可変システムを採用しているのに対し、他のJ3のチームはひとつの陣形でいかようにも対応できるプランを採用している。こうした流れを作った先駆けがサンフレッチェなのだろう。最近のJ1の優勝チームはかなり個人の力を最大化する戦術を採用することが多い中で、サンフレッチェはブレずに組織力で勝負してきた印象だ。神戸のようなフットボールをするには強力な個人が必要だが、そんな資金のないクラブにとってサンフレッチェのようなフットボールは一つの理想系なのだろう。
 非保持においては、2トップならば真ん中の大嶋を除く2人がつく。1トップならば大嶋がマークをする、という約束だ。相手がどのような攻撃の陣形であってもかならず数的優位を保つことができるので、自分たちの形を相手にアジャストする必要がない。これで試合開始時の混乱を防ぐことができる。
 両サイドは橋本選手、松村選手がよく先発をしている。サイドいっぱいに張って攻めるというよりも、ペナルティエリアの幅のなかで勝負をしてくる。保持、非保持を問わずコンパクトな陣形を保つことがチームの方針であることがわかる。似たような構え方の相模原は両翼がほとんど下がらない上にワイドに展開する戦術だったが、横浜は5バック気味になることを厭わない。こうしてスペースを埋めていくことで前節の沼津戦は、崩されてあわやという場面はあったにせよ、完封できたというわけだ。
 攻撃のアクセントは藤島、菊谷のボールキープとアイデアに依存している。それからセンターフォワードを含めた3人でポイントをつくって、ウィングバックも含めた4〜5人で攻める。横浜は横方向への選手のスライドではなく、縦方向でのスライドが特徴で、この方法を取るチームはどの選手が入っても約束事を守りやすいという良さがある。代表的なのはトーマス・トゥヘルが指揮したチェルシーだ。過密日程のプレミアリーグに対して選手層を最大限に活かそうとするトゥヘルは約束事を単純化し、誰がどのポジションに出ても何をすべきかを理解できるような戦術を構築した。いわゆる5レーンのどこを担当するのかを明確にしているので、選手が迷子になることが少ない。YSCC横浜の方針もそれに近いように思う。
 縦方向というと対比しやすいのは沼津だが、沼津は前方のスペースにミドルレンジのパスを送り、そこに選手が走り込むことが攻撃のトリガーになっている。横浜は順番が逆で、まずは選手が走り込みそこにパスが出る。沼津のようなダイナミックさは欠けるが丁寧にボールを繋ごうという意図は感じられる。うまくつながれば手がつけられなくなるのだが、足元へのパスが多いだけに選手が動かないとボールが前に進んでいかない欠点もある。
 人の入れ替えがあるのは後ろのポジションだ。ボランチとセンターバックは大嶋以外は誰が出ても大丈夫で、ポジションの入れ替えも見られる。ポジションよりも役割に重きを置いているので、どこで出てもやることが変わらないということだ。たとえば中里はボランチでもセンターバックでも出場しているが、このポジションは試合中に入れ替わりが多くあるので、どこで出場してもやることはあまり変わらない。そして前線の選手を変えることで、攻撃のパターンを変えることができる。慣れるととても使いやすいフォーメーションだなという印象を受けた。
 奈良クラブの鳥取戦の様子も見ているはずなので、非保持のときは前線の3人は横並びになって3−4−3のような陣形を取るだろう。鳥取はこれで奈良クラブのボールの出所を抑えにいく作戦に出て、功を奏した。横浜も似たようなことをしてくるのは予想できる。それへの奈良クラブの対応を見た上で、そのままでいくのかいつもの形に戻すのかを判断すると思われる。特に非保持の時は前線は下がってブロックを作るよりも、前がかりになってボールを奪いにくるような作戦を考えているように思う。
 ただし、このチームで一番目に留まったのはゴールキーパーの岡本だ。とにかくボールへの反応が速い。この佇まい、誰かに似ている。そう、奈良クラブの岡田慎司選手だ。彼が後ろで構えているので、横浜のディフェンスは自信をもってボールホルダーにアプローチできる。シュートを打たれても止めてくれるはずだ、という安心感がチームの安定感にもつながっている。とくにこの2連勝中の彼のセーブには目を見張るものがある。かなり優秀なゴールキーパーだ。
 このチームの弱点は、両ボランチとCBの間に必ずスペースがあることである。縦スライドが基本のチームは横の選手との距離に常に注意しているのだが、だからこそ真ん中に入ってくる選手をマークすることができない。特にこのチームはど真ん中のセンターバックの前にスペースができることが多々あり、ここからピンチを招いている。ここに國武選手や百田選手が入り込んでボールをキープした上でサイドへの展開が理想だ。最初からサイドから展開すると相手が待ち構えているので有効な攻撃にな繋がらない。一旦中で相手を収縮させてから外へ展開し、もう一度中へ持ち込む手間が必要になる。縦スライドが得意なチームなので、横に動かすと脆さが出る。どれだけ横に動かせるかが勝負だ。
 加えて奈良県独特の暑さも計算に入れておきたい。これはどちらのチームにも影響することだが、奈良の暑さはえげつない上に蒸し暑い。おそらく後半の最後の方は両方のチームの足が止まる。体力の消耗度も計算に入れた上で、試合を進めていかなくてはならない。(ここまでは試合前日に書いている)

序盤の攻勢、そこからの劣勢

 試合序盤は奈良クラブが良い形で試合に入る。開始早々、両ボランチとセンターバックの前のスペースにしっかりと國武が入ってキープし堀内へ。堀内の狙い澄ましたスルーパスが田村選手へ渡る。田村選手は冷静にキーパーを外してゴールへ流し込み、奈良クラブ先制。田村選手はお子さんが産まれてすぐのゴールに喜びもひとしおだろう。彼自身だけでなく、チームに勢いをつけるゴールだ。何より、自分がスカウティングしたその弱点を的確に着いた攻撃が決まり、僕のテンションも開始早々からMAXだ。堀内、やはりあなたは分かっている。
 奈良クラブの勢いは止まらない。相手の3バックに対して奈良クラブの3トップをバチっとはめる形での攻めに対して横浜は対応できない。そうこうしているうちに本日先発のパトリックがロングボールをフリック、そこにいた岡田選手がこれまた冷静にゴールキーパーの動きを見てシュート。これが決まって、幸先よく2点を先制する。ここで前半10分だ。普通なら楽勝である。ただ、前節もここから追いつかれていることは試合を見に来ている誰もが知っている。次の一点を加えて相手の息の根を止めることが求められる。1点返されるとどうなるかはわからない。ここから奈良クラブが2度ほど立て続けにチャンスを迎えるのだが、岡本の好セーブもあり追加点は奪えず。それでも奈良クラブの優勢は揺るぎないものに見えた。
 この日は猛暑ということもあり、試合中に飲水タイムがとられるのだが、横浜はここで的確な修正を加える。この日横浜が手を焼いていたのは田村だ。彼がパトリックを囮にするかたちで何度も裏を狙う動きを見せ、それに釣られて横浜のディフェンスラインが下がる。そこでできたスペースを堀内や國武に使われ、奈良にペースを握られていた。ならばと、彼をできるだけ相手ゴールの前でプレーさせようと奈良クラブから見て右サイドに選手をスライドさせ、右サイドバックで出場する吉村の前でポイントをつくり、橋本を加えた二人で押し込み始める。奈良クラブは当然これに対して田村が下がって対応するが、これこそが狙いだ。これが続くとパトリックが孤立し始める。パトリックはシュートは上手いが、トランジションのときにパスを引き出すような動きは上手くない。奈良クラブがボールを奪っても、前でのポイントがないのですぐに相手ボールになる。非保持のときの4−4−2は、相手に数的優位を作られると両サイドも下がり切ってしまうので6−2−2のような形になり、そうなると中盤の真ん中が手薄になるので國武も下がってきて6−3−1のような配置にならざるを得ない。しかも、3と1の距離が離れすぎているので、センターフォワードがポスト役として機能することはない。となると相手も後ろに2枚残してどんどん前に出ることができる。なんとか耐える奈良クラブだったが、前半のうちに失点し2−1。相手の修正に対して手立てが見えないなかで前半が終了した。開始早々の楽勝ムードはなくなり、「また前節のようになるのではないか」という不安と、「いや、今節は大丈夫だ」というそれぞれが自分に言い聞かせるような祈りとが交錯するなかでハーフタイムを迎える。
 しかしながら、選手の入れ替えではなく配置換えで状況を一気に逆転させた横浜の監督の采配はすばらしい。準備してきた采配なのか、そのときのひらめきなのかはわからないが、敵ながらあっぱれだった。さあ、次に動くのは奈良クラブの番だ。
 後半、奈良クラブは選手交代。吉村に変えて生駒を投入。人に強い吉村ではなく、走力と攻撃力の生駒でサイドの攻防で前に出ようという意図に見えた。これは悪くない交代だった。ただ、どうしても奈良クラブは非保持のときに両翼がディフェンスラインまで下がってしまうので、陣地が挽回できない。パトリックに変えて百田、田村に変えて西田を投入し、トランジションのときのスピードと運動量を上げる交代もするが、意図はわかるのだが選手間の距離が離れているので散発の攻撃になる。ボールをキープして陣地を挽回したり、相手を自陣に押し込める時間帯はほとんどなかった。悪い流れに中でフリーキックを与えてしまい、これを決められて2−2。試合は振り出しに戻る。いや、戻されたが正確か。
 しかし横浜もここからは迷いが出る。勝ちに行くのか、引き分けで十分なのか。これまでのイケイケから少しバランスを取ろうとすることで奈良クラブが前に出る余裕が生まれる。ここから奈良クラブも反撃に出るが、惜しいシーンはあったにせよ、得点にまでは奪えなかった。一度向こうをむいた勝利の女神をもう一度こちらに向かせることはできなかった。双方が勝つことよりも負けないことにこだわった一戦はドローという結果に終わった。

現実的になりすぎてないか?

 「名騎手である前に名馬である必要はない」と言ったのは、ACミランの黄金期を指揮したアリゴ・サッキだ。ほとんどプロ選手としての経験がないなかで手腕を評価され、その時代の最も強力なチームを作り上げ、さらにはイタリア代表の監督まで上り詰めた。フットボールというのは、独自の目線でいかようにも語ることができる、懐の大きいスポーツだ。何度も書くが、フットボールの本当のところはよくわからない。わかったと思っても、その先にまたわからないものがある。だから面白い。「そんなプレー、お前にできるのか」という批判は、その通りなのだけど、それを言ってしまうとフットボールの醍醐味を取り逃してしまう。蹇々諤々、いろんな人がいろんなことを言って良いし、それらを統合していくことでそのチームの像が浮かび上がってくるはずだ。
 ここ数試合の奈良クラブの様子を見ていて思うのは、現実的になりすぎていることである。現実的になることは悪いことではない。しかし、なりすぎると良くない。特に非保持のときの4−4−2の陣形の時にそれが顕著だ。基本的に、奈良クラブの選手はサボるタイプはいない。全員が実直にプレーする。横一列に並ぶ4−4−2というフォーメーションと、奈良クラブの実直さは相性が良い。ただし、実直すぎるが故に「自分がなんとかしなければ」とゴール前に駆けつけてしまい、そのせいで全体をどんどん押し込められているように思う。
 例えば岡田優希選手だ。彼は相手のゴール前でこそ輝く選手だ。しかし、リードしてから彼のプレーエリアはほぼ自陣のゴール前だった。確かに一生懸命にプレーしているし、サボっていない。しかし、本来の彼の持ち場はそこではない。彼が一番輝くところにチームとしてどのように配置するかを考えなくてはいけない。そのときに4−4−2という陣形は適切なのだろうか。
 4−4−2というと先ほど名前をだしたサッキの基本陣形だが、プレッシングの代名詞でもあるが、個々のボールを扱う能力も非常に高かった。「プレッシングに不調はない」という名言もあったが、これを実践する選手は極めてスーパーな選手が揃っていた。何せ前線には当時のオランダ代表で世界最高峰のフリットやファン・バステンがいたのだ。ボールを奪ったあとは、個々の能力で打開することができた。似たような戦術を取るチームで最近であれば、ネイマールが抜けた後のバルベルでが率いるバルセロナも非保持のときは4−4−2だった。しかし、これも同様で前線にメッシという絶対にボールを取られない選手と、一撃でゴールを奪ってしまう理不尽さの化身であるスアレスがおり、その二人が抑止となって相手のディフェンスを4〜5人自陣に釘付けにできたから出せた戦術だった。事実、これを無視して前からどんどんプレスをかけに行くバイエルンには大敗を喫している。奈良クラブの選手はそこまで個人として際立った選手はいないので、4−4−2は少々きつい。ちなみに、これは「だから奈良クラブはダメだ」と言っているわけではない。むしろ逆で、そこからどうやって勝つかの試行錯誤こそが魅力なので、卑下するものでもない。
 あるいは堀内選手でも良い。奈良クラブの保持の時の陣形である4−1−2−3の1を務める彼は奈良クラブの文字通り中心だ。彼の立ち位置で全てが決まると言っても過言ではない。ウィングを張らせるスタイルでは、実は中央のラインを強固に保たないと、サイドの選手が孤立する。いわゆるトータル・フットボールと呼ばれるオランダやバルセロナでは中盤が菱形の3−4−3が基本陣形だが、この陣形であれば中央に4人、GKも合わせると5人が並び、ここのラインを軸にして左右にスライドするようなポジショニングをする。現代になってここまで振り切った陣形を取るチームは少ないが、そのエッセンスを残すのであれば、堀内とセンターフォワードの百田やパトリックとの距離感は極めて重要だ。百田がボールを持った時にインサイドのパスで堀内がボールを回収できる場所にいないと、奈良クラブのラインは上がらない。「ラインを上げろ」と客席でも声がかかるが(事実僕もそう叫ぶことがあるが)、そうするためには「上げても良いですよ」という状況にする必要がある。それは中盤やサイドの選手にボールが収まっており、前向きにパスが出せるときだ。そういうシーンを作るためには、非保持のときでもすくなくとも3人はボールと同じラインに立っていないとラインは上げられない。先制点のシーンにもろにそれが出ている。ああいうシーンをどうやって多くつくるのかに知恵を絞る必要がある。

可能性としての4−2−3−1

 もし陣形に変化を加えるならば、陣形は4−2−3−1ではないだろうか。現在の陣形を活かしつつ、工夫を加えるとすればこれになると思う。選手の配置をしよう。ゴールキーパーは岡田慎司選手。もちろんマルク・ビトでも問題はない。ディフェンスラインはお馴染みのメンバーで良いが、右サイドバックに堀内を置く。偽のサイドバックとして彼には自由にボールを捌かせる。ダブルボランチは中島と神垣、あるいは森田だ。森田はフィジカルもあるので、場合によってはディフェンスラインに降りて3バックを形成する。神垣のときは長いボールを中島とともに蹴らせる。3には右から嫁阪、國武、岡田。嫁阪は中に入ってきても良いが、岡田はあくまでタッチライン際で待ち構えさせる。ここに相手のディフェンスを3枚引き付けるが、下川との連携で打開する。センターには百田だが、酒井が帰って来れば彼が適任だ。中盤の枚数を多くした上で、サイドの國武や嫁阪をできるだけ前目に残し、奪ったボールの出口とする。もし前線に蹴れないのなら右の堀内に出しておいて、そこから展開しなおす。堀内の弱点はプレーの強度の部分で、中央の激しい攻防ではなく、外に出すことで時間とスペースを確保する作戦だ。堀内の横にはカバーリング能力の高い鈴木や小谷を配置しておけば守備の不安も軽減される。もし守備が不安なら、3の右サイドに生駒を使い、エネルギーが切れるまで走り続けてもらっても良い。これはこれで相手は嫌だろう。
 また、僕から見て最近注目してしているのが神垣だ。加入当初は遠慮がちなプレーをしていたが、最近は迷いが消え、「これが本来の彼のプレーする感じなんだろうな」という雰囲気が出てきた。同じポジションの中島と動き方が微妙に違うので、まだチームメイトから見つけてもらいにくい感じなのだが、「あれは誰?あ、神垣だ」という絶妙のポジションにいることがある。この試合でも後半の攻勢に出ている時に「あ、神垣が浮いている」というシーンがあった。もっと彼の動きが馴染み、見つけてもらえるようになれば後半戦の起爆剤になりうる選手ではないか。ボールを触ってこその選手なので、もっと彼にボールを触らせるような展開にしたい。今までとは違うボールの動きをするように思う。
 選手層が薄いとはいえ、奈良クラブには個性的な選手が揃っている。陣形と心中するのではなく、できればロマンと心中してほしい。ただし現実的な部分も考慮しなければならない。とすると、こうした選手起用もあるのだが、どうだろう。5バックのプランや、4バックトップ下というプランも考えたが、おそらくフリアンはこれはやらないので書かないことにした。どのプランも上手くいくかはやってみないとわからない。こうしたある種の無責任な議論もフットボールの醍醐味だ。「勝てなかった」という感情もあるが(控えめに言ってめちゃくちゃある。)、「じゃあどうやったら勝てたのか」という思考で考えてみることも面白い。ちなみに、堀内による偽の(というか割と普通の)サイドバック作戦を採用し快勝したのは、次節の対戦相手であるFC岐阜だ。はたして。

選びたい放題です

ダンス・ダンス・ダンス

 さて、この試合にはフットボールとは別にハイライトになりうるシーンがあった。もちろん、田村選手のお子さんの誕生を祝うゆりかごダンスもそうなのだが、チアのガールズたちには心から拍手を送りたい。
 彼女らは試合前やハーフタイムに毎試合パフォーマンスを披露してくれるのだが、今節は音楽が途中で止まるというアクシデントに見舞われた。普通、こういう時に子どもは動きを止める。しかし、彼女らは音楽がかかっているかのようにダンスを続けたのだ。その様子を察し、観客たちは(横浜のファンの方々まで)手拍子や太鼓でリズムをとり、一曲を踊り終えた。実は2曲目も音楽が途中で止まるのだが、まったく動じる様子もなく演技を終えた。何度も見ている演技もあるのでこちらも次にどうするかを知っているのだが、僕の頭の中で流れている曲と、彼女らの動きが完全に合っていた。しかも、彼女らはこのアクシデントを楽しんでいる様子すらあった。
 実は彼女らは単に踊りにきているだけではない。3月の雪の日も夏と同じ衣装で演技を披露していたし、大雨の試合でも笑顔で演技を披露していた。試合後まで彼女らはちゃんとスタジアムに残り、ゴール裏のゴミ拾いなどをしている。少なくとも彼女らは僕の何倍も人間ができている。彼女らの昨日のパフォーマンスは本当に素晴らしかった。

大雨のルヴァンカップでもダンスを披露する奈良クラブチアの皆さん

「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい?踊るんだ。踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。あんたの繋がりはもう何もなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ。そうするとあんたはこっちの世界の中でしか生きていけなくなってしまう。どんどんこっちの世界に引き込まれてしまうんだ。だから足を停めちゃいけない。どれだけ馬鹿馬鹿しく思えても、そんなこと気にしちゃいけない。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない。あんたはたしかに疲れている。疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。何もかもが間違っているように感じられるんだ。だから足が停まってしまう」

村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」

 彼女らの演技をみてすぐさまこのフレーズが頭をよぎった。足を停めてはいけない。歩みをやめてはいけない。合ってるとか、間違ってるとか、そういうことは本当はどうでもいい。彼女らを見習って、僕たちも足を停めることなく、踊り続けなければならない。

 今回のサブタイトルにした楽曲は、名アニメ『宇宙よりも遠い場所』のオープニングテーマだ。女子高生4人が、南極にいくことを目指す物語である。ある少女は亡き母の面影を探すため、ある少女は「ここではないどこか」を探すため。またある少女は本当の友達を探すため。それぞれの想いは違えど、「南極に行く」という同じ目的のために青春を捧げる姿はとても感動的である。ネタバレはしないが12話だけはバスタオルを用意して見たほうが良い。僕はボロボロに泣いた。
 このタイトルは、イギリスの伝説のバンドであるthe Who の「The Kids Are Alringht」から由来していることはいうまでもない。ただし、「Girls Are Alright!」は原曲へのリスペクトだけではなく、カウンター的な意味も含んでいる。「子どものままではダメなんだ」というある種の郷愁のある原曲にたいして、こちらは「子どもであること」を全面的に擁護する。アニメのテーマも「現実的」であろうとする世の中に対して少女たちが掲げるのは「夢」「青春」「ロマン」だ。
 現実的になりすぎていたのは、もしかしたら僕たちなのではないか。もちろん勝つことは大事だ。でも、一番大事なことは楽しむことじゃないのか。苦境にあっても、それを楽しんでしまうときにこそ、人は思いもよらない力を発揮する。子供達に良いところを見せられて、大人が黙っていていいわけではない。僕らの心の中にある童心に忠実に、奈良クラブを100倍も1000倍も楽しむ方法を見つけていけばよいのではないか。奈良クラブは苦しい状況だが、なんとなく「We Are Alright!」と言える瞬間はすぐそこまできているのかもしれないなと感じている。

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