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奈良クラブを100倍楽しむ方法 #004 第4節 対大宮 ”マーチ・スカイブルー・ドリーム”

 奈良クラブにとって前半戦の一つの山場である大宮戦がやってきた。あのJ1常連だったチームがなぜこんなところで奈良クラブと試合をしているんだ、という驚きと共に諸行無常という言葉もよぎる。僕が少年の頃にヨーロッパのカップ戦を席巻したスペインの古豪デポルティボも今は3部相当のリーグにいる。色々なものが変わっていくのだ。
 できればここまでにそれなりに勝ち点を稼いだ上で大宮と対峙したいところであったが、0勝2分1敗と、まだ勝ちがない。対する大宮は2勝ですでに頭ひとつ抜け出たような印象を与えている。厳しい戦いであることは承知の上で、勝つためになにをするのかが問われる一戦となった。


試合全体の印象

 結果は0対2での敗戦である。しかし、完全に昨シーズンとはチームの性格を変えたのだなとわかる試合の進め方だった。
 誤解を恐れずに言うと、昨シーズンの奈良クラブの試合の進め方は、良い意味で「なんとなく」だった。なんとなくボールを回し、なんとなく繋いでいるなかで相手の隙を見つけて、そこにボールを差し込んで浅川選手や酒井選手が決める、というのが得点のパターンだった。その曖昧さが、相手からすると掴みどころがなく、特定の誰かを抑えることで自分たちのペースにするというのが難しいチームだった。ボールは横移動が多く、ゆっくりゆっくりと相手ゴールへ寄っていく。サイドにいる浅川選手が中央で得点に絡むことができたのは、守備から攻撃への切り替えが(専門用語でトランジションといいます)割とゆっくりで、攻撃の完了のときにはゴール前にポジションを取ることができたからだ。一応言っておくと、僕はこの「なんとなく、ポゼッション」の奈良クラブは好きだ。このフットボールで5位で終わった昨シーズンは奇跡的な成功だったと思う。
 今シーズンの奈良は、開幕戦の前半こそ「なんとなく」路線を継承したが、後半からは完全に「前へ前へ」という意図を感じさせるチームになっている。その象徴が國武選手だ。おそらく彼のプレーで見ている人が印象に残っているプレーは、ボールを持っているときよりも前向きで守備をしているときではないだろうか。スタジアムで見るとよりわかるが、國武選手の相手への圧力はすごい。どこかでみたことがあると思っていたが、あの圧力はイングランドの名選手であったルーニーに通じるところがある。ルーニーはボールを持たせても凄かったが、持っていないときもすごかった。本人はどう考えていたかわからないが、彼の前向きでのプレッシングはどのプレーも「絶対にボールを奪い取ってやる」という脅迫めいたものがあり、そのおかげで相手のディフェンスは慌ててボールを蹴り出していた。國武選手はボールを持つと、一旦別の選手に展開し一気にゴール前に殺到するような攻撃に繋げることができるので、前向きの速さを求められての起用と思われる。開幕戦で先発した桑島選手はゴールを背にした後ろ向きでボールの出口を作るタイプの選手なので、彼のタイプは昨シーズンの「ゆっくり、なんとなく」の時にこそ生きる。
 思うに、今年のチームで「浅川選手がいればなあ」というシーンはあまりない。昨シーズンよりも瞬間的なスピードを優先する今シーズンにおいて、局面の駆け引きで居合い抜きのような得点が得意な浅川選手にはあまり向いていない。こういうフットボールを志向したからの移籍なのか、移籍してしまったからモデルチェンジしたのかは分からない。とはいえ、今のフットボールなら間違いなく広い範囲をカバーできる西田選手が最適だ。
 ひとつ言えることは、今シーズンのフットボールは明確に「J2でもやっていける」というかなり高い志のもとにしているということだ。J3上位では全然満足しないぞ、という意図はひしひしと感じられる。練習試合ではなく、実戦でこそ鍛えられる感覚でもあるので、奈良クラブはもうしばらく我慢である。結果がついてこないことで自信を失ってしまうと、このフットボールは絶対に成立しない。自信を支えるのはファンの力だと思う。


こんなシーンが増えたらいいな(その1)

 という「まだ良いも悪いも言えない」という状況で、じゃあどうなったら良くなってきたと言えるのか、というポイントを示したい。
 フットボールを語る時に言われるのが「決定力」という言葉で、大宮戦は決定力不足という声も聞かれた。スタッツを見ると奈良クラブの方がシュート数は多く、試合の中でも惜しいシーンは確かにあった。ただし、だからこそ、ここに注目したい。確かに大宮はセットプレーがらみで2点をとった。チャンスを活かしたわけだから、決定力の差がでたとも言える。しかし、奈良クラブのチャンスは本当にチャンスだったのだろうか?彼らの得意な形でプレーした上でのチャンスだっただろうか?
 長野パルセイロ戦での嫁阪選手のゴールは、右サイドの彼の得意な形からカーブをかけてのセンタリングがゴールに繋がった。富山戦では岡田選手のドリブルからのクロスだった。これらはその選手の得意な形が生かされてた得点だった。ただし、大宮戦ではそういうシーンは実はほとんど見られなかった。惜しいシーンもあったが、結構無理な体勢から強引に持ち込んだり、どうにかゴール方向にボールを飛ばすという印象のシーンが多かった。28分の國武選手のヘディングも相当難しいシュートだろう。おそらく、奈良クラブの意図通りの攻撃ができたのは34分のパトリック選手のシュートシーンだと思われるが、このシーンと63分の岡田選手のサイドアタックからん中島選手のミドルシュート、逆に言うとこのシーン以外に攻撃の意図を完遂できたことはなかった。両シーンともに、ペナルティエリアの中、あるいは際からのラストパスが出ている。奈良クラブにはそんなに大きなフォワードはいないので、正攻法でサイドからクロスを上げてもゴールへの確率はあまり上がらない(ただし、蹴っておくことは続きの攻撃への布石になるので無駄ではない)。ペナルティエリアの近くからどれだけ精度の高いパスが出せるのかが鍵になる。こういうシーンをどれだけたくさん作り出すことができるかがポイントだ。
 兆しはある。大宮相手であっても、堀内選手が前向きでボールを出すシーンが多くなってきた。試合を重ねるたびにこういうシーンは増えている。テレビなのでパスの先まで映らないのが悲しいが、堀内選手の前向きのパスのシーンは、かなり狙い澄ましたラストパス、あるいはそれの一つ前の決定的なシーンのためのパスのような蹴り方をしている。ならば、もう少し相手のゴールの近くでそのパスが出てくれば、より成功率も上がるだろう。例えば富山戦であったようなサイドバックが中に絞って堀内選手を前に押し出すような工夫があっても良いかもしれない。下川選手のインナーラップからの堀内選手、岡田選手の連携は可能性を感じた。

こんなシーンが増えたらいいな(その2)

 もう一つはクロスである。前述した通り、奈良クラブは正攻法のセンタリングを頭でズドン!というようなタイプのフォワードはいない。ので、実はクロスは利き足サイドではなく、逆足サイドでインスイングの軌道(ゴールキーパーへと向かっていくボール)が多い。嫁阪選手と岡田選手が利き足と逆サイドで起用されているのはそいういう面もある。ならば、もう少しペナルティエリアの近くからニアサイドへの早いクロスを狙いたい。おそらく相手のディフェンスにはそっちの方が嫌だろう。攻撃時はセンターフォワードの選手ともう一人がかならずゴール前に陣取るような取り決めがあるように見えるので、ファーストチョイスをニアサイドで徹底してつけば、試合全体を通して効いてくるように思う。岡田選手の迷いも、少し低減できれば彼のプレーにももっとキレが出てくるはずだ。

そこに兆しは存在する

 偉そうに書いたが、選手たちはそんなことは承知の上だし、相手チームもそういうことはわかってやっているので、あとはどこまでの精度が出せるか、どこまでやりきれるか、ということになる。どんなに良いフットボールをしても、結果が伴わないとどんなチームでも疑心暗鬼になる。幸い、次はホームでの試合だ。選手たちが自信をもってプレーできるよう、僕もスタジアムへ出向いて微力ながら後押しをしようと思う。
 前述の通り、奈良クラブは現在「さなぎ」の状態なので、成虫ではない。また、羽化できても羽を乾かさないといけないので、そこそこ時間がかかる。なにより、羽化に失敗しては元も子もない。今まさに変わろうとしているチームの様子を、これだけ近くで目撃できることはそんなにない。確かに結果は出ていない。が、そこに兆しは存在する以上、僕は期待することをやめるわけにはいかないのだ。


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