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奈良クラブを100倍楽しむ方法#015 第16節対SC相模原 ”All Along the Watchtower (見張塔からずっと)"

 戦術論という高尚なものよりは、かなり雑な論評をずっと書いてきたのだが、今回は初めて試合前にプレビューというのを書いてみた。いわゆる野良戦術解説者的な存在は、後出しジャンケンのような形で自分の説を出すわけだ。それはそういうものだから仕方がないのだが、その「後出しジャンケン」感が「知ったかぶり」と映ってしまい、批判の根拠になることもある。ので、今回は試合前にどんなことを考えて、実際の試合がどうだったのかを検証しつつ、フットボールの試合の僕なりの見立て方を示してみようと思う。なお、以下が試合前日の僕のポストである。


相模原の印象

 直近2試合のハイライトなどからの印象である。フォーメーションは3−1−4−2という、かなり独特の布陣だ。両サイドのウィングバックの運動量がカギで、彼らの上下動が生命線のシステムになる。非保持のときは2トップとWGのどちらか、あるいは中盤の選手で相手のディフェンスの枚数に合わせたプレスをかけ、相手の陣形に合わせた変形が可能。この辺りは戦術家である戸田監督らしいチームと言える。
 攻撃はサイドからが主体で、クロスをどうフィニッシュに繋げるかに工夫が見られる。この陣形の特徴として「前線に枚数がかけられる」ということがある。左のウィングバックのクロスを右のウィングバックが決めてしまうということもあり、かなり左右をワイドに使ってくる傾向がある。また、クロスを上げるときはペナルティボックスのなかに3〜4人を殺到させるので、マークを怠るとフリーにしてしまったり、前に出られてしまうということがやっかいだ。ただし、前線に人数をかけた分、ひっくり返されたときはディフェンスラインの前に防波堤となる選手はほどんどおらず、リスクの高い戦術でもある。ここ数試合でも、似たような形で失点やピンチの場面が見られた。ここは一つ、システム上のウィークポイントである。
 とはいえ、相模原の選手たちはこのシステムを気に入っているようで、それなりに要求されることは多そうな印象だが、楽しそうにプレーしている。ここが一番相手のストロングポイントになると思われる。乗せるとお手上げになってしまう可能性がある。

私的フットボールの見立て①

 ここで少し変わった見立てを紹介しようと思う。僕がフットボールのチームを分析するときに使うのは二つの視点である。ひとつはボールを自分たちで持ちたいチームか、そうでないチームか、である。前述の内容で明らかだが、SC相模原は「ボールを自分たちで持ちたいチーム」である。正確に言うと「相手陣地でボールを持ちたいチーム」である。ので、相手の陣地でボール保持率を高めて自分たちから攻めかかるタイプのチームだ。「相手陣地で」というところはミソで、奈良クラブのようにディフェンスラインから丁寧に繋ぐというようなことはあまりしない。むしろ相手に持たせたところを奪ってキープするようなボールの進め方をする。対する奈良クラブは、「持ちたい」と「持たなくても良い」の真ん中あたりである。基本フォーメーションの4−1−2−3は保持したいチームがよく採用するフォーメーションだが、非保持のときの4−4−2はバランスを取りたいチームでよく採用される陣形である。ボールが持てるときは4−1−2−3でしっかり動かすが、ダメな時は4−4−2でブロックを作ろう、というのが今年の奈良クラブの戦術である。奈良クラブと相模原を比べた時に「ハイプレスからのボール保持戦術しかしたくないです!」といと「どっちでもいけるよ」という奈良クラブが対峙すると、絶対に相模原がボールを動かそうとするし、奈良クラブはそれに対応する展開なのは明確である。なので、奈良クラブとしては「基本は相手にボールを持たれるぞ」ということが試合前から確定できる。
 戦国時代などの陣立てに「鶴翼の陣」と「魚鱗の陣」という典型的な軍の配置の仕方があるが、ものすごく大雑把にいうと、ボールを保持したいチームは「鶴翼の陣」を使い、保持しなくても大丈夫なチーム、あるいは保持できないチームが「魚鱗の陣」で対抗する構図になる。

横に広い連合軍と、中央に集まる武田軍

 ボールを保持したいチームは相手を包囲し、外から相手チームの守備を崩そうとする。相模原の陣形は相手を包囲することに特化していると言っても良い。左の高野、右の橋本が高い位置を取り、ボールを持っていないときから相手のディフェンスに圧力をかける。中央も二人のフォワードと、その後ろに控えるもう二人のミッドフィルダーで前から相手を捕まえにいく。この6人で相手を包囲し、サイドから崩していこうというのが、相模原の保持のときのプランである。こうして相手に全方向から攻撃を加え、総崩れに持ち込めば相模原の勝ちだ。事実、直近の2試合はこうして勝利をおさめてきたのだ。
 この陣形に対して奈良クラブは4−4−2をコンパクトにした「魚鱗の陣」で対抗する。「鶴翼の陣」的な、相手を包囲してボールを保持するチームの陣形は、「鶴翼の陣」同様に構造的な弱点がある。それは、包囲網のどこかを突破されるとその修正が非常に難しいことだ。逆に「魚鱗の陣」はどこか一点でも突破できれば勝機ありなので、弱いところを狙って一点突破を図るような戦術をとる。長篠の戦いも、歴史の教科書では「織田・徳川軍の圧勝」ということになっているが、実際は武田軍は連合軍の防衛ラインのかなりところをまでを突破していたらしい。
 ダゾーンなどで相模原の陣形をみてもらえばわかるが、この陣形は彼らの強みである両サイドの後ろには誰もいない。そこは中央にかまえる徳永が横に動いて最初に止めにはいり、時間を稼いでいる間に他の選手が戻ってきて防衛ラインをサイド構築するということになっているのだが、その徳永が早々に突破されたときは、ディフェンスの3人は全速力で突っ込んでくる相手に対してディフェンスしないといけないので、かなり難しい対応に迫られる。この前の試合でも、そういう形でピンチを招いていたので、ここを奈良クラブが突くことができるかどうかが試合の決め手だろうと考えた。「鶴翼の陣」的な布陣は、選手間の距離が大事なのだが、うまくいかないときはこれが離れ過ぎてしまうことがある。奈良クラブがつくとしたら、徳永のいない方へ前方向のスペースにダイレクトでパスを出すことがで、それができるのは堀内選手になる。おそらく、「奈良クラブの華麗なパスワークで突破!」という展開にはできないので、ここは個人技での打開が現実的だ。岡田優希選手のドリブル突破、カットインからのシュートが決まれば最高だなあ、と想像していたわけだ。
 また、この包囲網の前で安易なパスミスは禁物だ。特に最近ちょいちょい見られるディフェンスラインでの横パスのミスは絶対にしてはいけない。こうしたことを踏まえて、当日を迎えることになる。

予想通りの展開

 前節とほぼ同じメンバーで、入れ替えは澤田選手から小谷選手。サイドからの攻めへの対応力の高さと、パスの判断の良さを買っての起用と思われる。
 試合開始から、相手陣内でボールを持ちたい相模原と、どっちでもいい奈良クラブの思惑を反映した様子が展開される。ただし、奈良クラブの「どっちでもいい」は、実は「狙い澄ましたどっちでもいい」だった。前から来る相模原に対して、奈良クラブはまずは嫁阪選手へのロングボールで陣地の挽回を図り、その落としを自分たちで回収することで全身していく作戦に出るのだが、これが結構相手には効いてくる。奈良クラブのディフェンスは相手がプレスをかけてくる前にボールをサイドのスペースに蹴り出すので、追いかけるまえに自陣方向への守備を迫られる。嫁阪選手のところは高さのところでミスマッチが起きているので、落とすだけでなく、嫁阪選手自身で収めることができる。このとき、前に出ている相模原のWGは嫁阪のところまで戻らないといけないのだが、それまでの間は嫁阪と相手のDFラインがそのまま対峙することになる。こうなると躊躇なくドリブルをしかけることができるので、相模原は嫌がって倒してしまったり、追いつけなくなって遅れ気味のファールを犯したりする。試合全体はここのずれを相模原が修正できないままに終わった。相模原の「鶴翼の陣」の後ろへ、後ろへとボールを動かす奈良クラブの一点突破戦略に、結果的に相模原が後手を踏み続けたというのが、試合の全体的な流れだった。ちなみに、決勝点はまさにこの形である。一点突破の百田選手のパスから嫁阪選手が持ち出し、相手ディフェンスは後退するしかできないところに岡田選手へ決定的なパスが通り、岡田選手が冷静に決め切った。

私的フットボールの見立て②

 僕がフットボールを見立てるもう一つの見立てがチームの気分である。試合前、試合中のチームの気分が、そのチームの出足や立ち位置にかなり影響する。戦術というのは、相手の気分を変えさせたり、こちらの気分を変えたりするときに使うものである。というか、気分そのものが戦術でもある。
 相模原は今日まで快進撃を続けてきている。昨シーズン苦しんだなかでいくと、今年はここまでは大成功のシーズンだ。過去の試合でもしっかり点が取れているので、自分たちのフットボールに自信を持っている。対する奈良クラブは下位に沈んでいるが、ここ数試合は良い内容で勝ちもついている。ここで相模原を倒して上位に上がりたい。となったとき、「相模原が奈良クラブを受けて立つ」という構図になりやすい。しかし、この構図だけでは試合の流れは決まらない。ここで相模原が難なく先制点をとろうものなら、相模原が精神的に優位にたったまま試合が展開することになる。こうなるのだけは奈良クラブは是が非でも避けたい。反対に、奈良クラブの理想は相模原が「こんなはずではない」「自分たちはもっと強いはずだ」と自分たちのやり方に懐疑的になったり、意固地になったりする展開に持ち込むことだ。こうすると、相手は自分たちの実力をそのまま発揮することができなくなる。
 そういう意味では、開始早々の奈良クラブの得点は、相模原にとっては予想外のものだったに違いない。しかも、相模原はセットプレーにかなりの工夫をしてきている。自信をもっているメソッドで相手にやられてしまったことが、過度の焦りを呼んだのではないか。
 また、奈良クラブが勝ち越したあとの相模原のラフプレーも、同様の焦りから生まれたもののように思う。囲い込みにいったところの後ろを取られ、奪い返しにいくと回される。体力は削られてボールからは遅れ気味になる。「こんなはずじゃない」「もっとできるはずなのに」という焦燥感が、カードの枚数が嵩んでしまったことの原因のように思う。相模原の選手たちは試合を楽しんでいなかった。自分たちのフットボールにどこか懐疑的になってしまった。いや、むしろ、奈良クラブの選手が彼らのやりたいことを取り上げ、自分たちのペースに持ち込むことに成功したのだ。ボールを持つことではなくても、自分たちのペースできる。これは奈良クラブの成熟を意味している。試合の終盤は、結果的に「挑む相模原と受けて立つ奈良クラブ」という、気分では逆転した状態にまで持ち込んでいることがかも伺える。どちらが上位のチームなのか、このシーンを見ただけではわからないだろう。まだまだ順位は相模原の方が上位だが、この試合においては気分のところで相手を上回ることができた試合だった。おそらくこうした精神的な優位性はテレビで観戦していた僕よりも、スタジアムで見ていた人の方が感じたのではないだろうか。岐阜戦も今治戦もそうだが、奈良クラブの勝つ試合は精神的に優位に立てていることが多い。先制されても同点にされても、精神的な優位が保てていれば「多分勝てるだろう」という確信めいたものを感じることができる。逆に、いくら勝っていても精神的に優位でなくなると、コロッと負けてしまうのも奈良クラブである(3〜4月の辛かった時期のチームの雰囲気を思い出してみましょう)。
 本当に余談だが、レアル・マドリーが強いのはどんな状態になってもこの精神的な優位性を手放さないことである。ここ最近のマドリーの強さはこれだ。どんなに劣勢でも「最後に勝つのは俺たちだ」と無根拠に信じていて、実際そうやって勝つ。おそらくロナウドやベンゼマ、モドリッチらがそうした態度やメンタリティーを継承しているのだろうと思う。こうなるためには100年の伝統が必要で、ここまでのメンタリティをもつチームは世界を探してもほとんどない。

岡田優希選手のシュート技術について

 一つだけ細かいところも書いておこう。決勝点となった岡田優希選手のゴールだが、彼のセンスの良さが詰まったシュートだった。ハイライトで振り返ってもらえばわかるが、例の包囲網を突破した中島選手からのパスが百田選手に入り、フリーの嫁阪選手へ通る。驚くべきことに、このとき嫁阪選手より前に相模原のディフェンスは一人しかいない。そこから全力疾走で3人の選手が戻ってくるが、自陣方向へのランニングなので嫁阪選手のボールを奪いにいくことはできない。嫁阪選手は十分に相手を引きつけた上で、逆サイドの岡田選手へ速いパス。これを岡田選手は右足のアウトサイドでゴール右隅へと蹴り込んだ。アウトサイドのキックでのゴールだ。
 嫁阪選手が時間を作ったおかげでワンタッチでシュートをするところまで侵入することができた岡田選手だが、その分目の前にはゴールキーパーが、そしてすぐ右に相手ディフェンスがいた。おそらくキーパーは岡田選手が右アウトサイドで一度トラップすると予想したのではないだろうか。それを感じてか、岡田選手はシュートでもトラップでもできるような体制でボールを受けると見せかけ、そのままアウトサイドでシュートを流し込んだ。簡単そうに決めたがかなり高度なシュートである。
 同じダイレクトでシュートを打つにしても、インサイドで蹴るのとアウトサイドで蹴るのとでは大きな違いがある。それはシュートまでの時間の差だ。インサイドで蹴る場合、正確性は出せるが体を開いて足の内側に当てに行くので、ほんの少しだけ時間がかかる。シュートを打つときに「今からシュートを打ちますよ」という予備動作がかならず必要になるのだ。その分キーパーは前に出ることができる。アウトサイドの場合、出した足に当てるだけなので普通のシュートよりもタイミングが速い。予備動作なしにシュートを打つことができるからだ。実際、このシーンの相手のキーパーも「もう打つのか!」という感じで、斜め後ろに倒れてしまっている。シュートだと気づいたときにはゴールが決まっていたようなプレーだった。岡田選手の予想外のモーションに、対応が全くできなかった。なにより、あのシュートを瞬間的に選択した岡田選手は本当に素晴らしい技術をもった選手である。試合に関与できる時間や回数も、開幕時に比べてみるみる上昇している。これからもどんどん点を決めていただきたい。

奈良クラブは止まらない

 ということで、2−1で奈良クラブの勝利という結末になったこの試合だが、フリアン監督と戸田監督という二人のJ3を代表する戦術家同士のぶつかり合いということで、非常に見応えのある攻防が繰り広げられた。局面の激しさ、相手の腹の探り合い、瞬間的な技術の高さというフットボールの魅力が存分に詰まった好ゲームだった。しかし、相手の出方が読みやすいという面もあり、そういう意味ではある程度の試合の展開や流れは予測することができた。戸田監督のチームは、非常にシステマティックだが、それ故に出方は読まれやすい。もう一つのプランがあれば、相手はより対策がしにくくなるので、やちにくさは倍増だろう。戸田監督ならすでに考えているはずだ。
 戸田監督といえば、2002年のワールドカップで中盤の底で気の利いたプレーをずっとしていた印象がある。その後イングランドでプレーしたり、解説者としての有能さも知っているので監督をすることには違和感はなかった。今シーズンは素晴らしいシーズンを送っているが、それゆえに今日の奈良クラブでの敗戦はどのように解釈するのだろうか。彼の美学的な価値観からして、今日の負けは受け入れ難いものだろう。やや前掛かりになりすぎるところにバランスを持ち込むのか、あるいはよりそれを強調したフットボールを展開するのか、次の相模原での試合はより激しいものになるだろう。今から楽しみである。
 フリアン監督は、逆に戦術に柔軟性が出てきた。今日はショートパスを丁寧につなぐことを半分ほど諦めたところからのスタートだった。前節のFC大阪戦での教訓が生きているのかもしれない。自分たちのスタイルは求めつつ、勝利することも忘れない。彼の今シーズン目指していたものがやっと形になりつつある。相手チームから恐れられる存在にまで成長できたのは素晴らしいことだ。
 僕としては、今シーズンのターニングポイントは、何度か書いた通りルヴァンカップの広島戦だと感じている。現地で観戦したのだが、正直言って何もできないままにやられたい放題にされた一戦だった。これでもかというくらい、自分たちの弱さや甘さを痛感させられた試合だった。選手にとっては尚更だろう。あのときに感じた悔しさが、現在の個々人やチーム全体の反骨心へと繋がっているのだと思う。ここ数試合苦しい内容ではあるが、最終的に勝ちにつなげることができている。あの、降り頻る冷たい雨の中で流した悔し涙は無駄ではなかった。
 水曜日は広島と同じJ1の鹿島と天皇杯で対戦する。どのような結果になろうとも、またそれを糧として強くなることができるはずだ。まだまだ、まだまだ、奈良クラブは止まらない。夏が終わるころには、今とは全く違う景色が見えるところにいるはずだ。逆転反抗ははじまったばかりである。

あの日の涙は決して無駄ではない

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