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奈良クラブを100倍楽しむ方法#014 第15節対FC大阪 ”大阪へやってきた"

 ダービーというのは「近親憎悪」の発露である。特に生駒山ダービーとなれば尚更だ。奈良クラブとFC大阪はJFL時代からなにかとライバルとしてお互いを意識してきた。それはお互いが似たような環境にあるフットボールクラブだからであろう。特に大阪を中心とした関西のスポーツチームは、野球という伝統的なコンテンツに加え、大阪を本拠地とするJ1クラブの存在も無視できない。ほとんど飽和状態というなかで、そのなかに僅かに存在するニッチに分け入り、ファンを獲得していかねばならない。両チームの対戦には、他の地域とは少々違った、関西ならではの事情が関係しているのだ。この試合の勝敗は、単なる1試合にとどまらず、自分たちのこの地域での存在意義をかけたものなのである。内容よりも勝ちがマストの一戦だ。

 J3は混戦の様相だ。前半調子の良かったチームが軒並み息切れの様子を見せているのに対し、下位に沈んでいたチームには復調の兆しが見られる。FC大阪は現在7位。ここ4試合勝ちがない。開幕当初の破竹の勢いでの攻撃力にはやや翳りが見られる。対する奈良クラブは、薄氷のルートとはいえホームでは2連勝。先週の天皇杯でも、大学生相手とはいえ、劇的な逆転勝利を収めたことで勢いがある。ただし、ダービーという一戦においてはこうした前評判はほとんど意味がない。どちらがより勝ちたいと思ってこの試合に臨むかにかかっている。

 僕は、奈良クラブの試合はずっとロートフィールドで観戦してきたが、この試合ははじめてアウェーでの観戦となった。アウェー遠征というにはかなり近い場所だが、それでもアウェーはアウェーである。普段とは違う観戦は緊張感が違う。なにせ、ダービーなのだ。心して参戦せねばなるまい。


勝ちたい奈良クラブ、負けたくないFC大阪

 奈良クラブのスターティングメンバーは誰もが納得の面々が名前を連ねた。自分たちのフットボールをして勝利する。スタメンから伝わるフリアン監督の意図。そう、この試合は「引き分けでも良い」という生ぬるい損得勘定は必要ない。ただ勝利あるのみなのだ。
 しかしそれはFC大阪とて同じ。試合開始から両チームのボール際での攻防が激しく展開される。しかし、こうなるとFC大阪のペースだ。おそらく、FC大阪のプランとしては、「勝ちたい」よりも「負けない」ことを第一においた試合の展開を描いていたのだろう。
 「負けない」ためにすること、それは相手の良いところを潰すことだ。こちらの良さを削ってでも、相手の良いところを消す。花園の芝生はラグビーでも使用されているため、見た目よりも凹凸があるようで、ボールが思ったように転がらない。奈良クラブの選手もそれはわかっているのと、ボールを持っている選手への相手選手との距離が近いため、前線にいる嫁阪選手へとりあえず長いパスを蹴り、その折り返しを展開することでゲームをコントロールしようとする。しかし、これもFC大阪は織り込み済み。嫁阪選手へボールが入ると、「ファールになっても良い」というプレーでボールを奪おうとする。半分ほどはファールになるのだが、ここでボールを展開されるよりは、ファールになり自分たちが帰陣をした上で相手のFKの方が守りやすいということなのだろう。
 友部正人の歌う「大阪へやってきた」は大阪の街の混沌とした様子を歌い上げる初期の名曲だが、まさにそういう試合をFC大阪は展開したわけだ。FC大阪もここ数試合は苦戦を強いられている。自分たちのアイデンティティをここで示したい。彼らの一番の魅力はプレー強度の高さであった。ならば、それをライバル相手に見せつけてやる。これが、この苦境を脱する一番の早道ではないか。後半には幾分息切れした様子もあったが、これを試合中やり抜いたFC大阪の選手たちはすごい。なかなかできることではないのだ。
 話を試合に戻そう。左サイドの岡田優希選手は小柄なためロングボールを収めることには向いていない。相手としては嫁阪選手にしか蹴るところがないので、そこに蹴らせて思いっきり奪いにいくという作戦は、前半においては狙い通りだったと思う。ただし、その分中央は数的同数になることもあり、百田選手が抜け出してゴールに迫るシーンもあった。百田選手は「キープをする」というよりも、「ボールを流しながら前を向く」プレーを多用していたので、こちらの方が可能性はあったのかもしれない。前半の中盤以降はその傾向を岡田選手も見抜き、マイボールのときはサイドに張るのではなく、百田選手との距離を近く取り、そこで打開しようというポジショニングが見られた。こうした臨機応変な工夫は岡田選手の魅力である。
 ただし、「ファールになっても止めれば良い」というFC大阪の作戦は、今日の審判の傾向と相まって非常に有効だった。ダービーマッチというのは、試合のコントロールが難しい。今日の主審は「試合が荒れてはだめだ」ということで、接触プレーにはかなり細かくファールを取っていた。細かくファールを取るが、カードはできるだけ出さない。これは試合をコントロールしたがる主審の常套手段だ。ただ、「カードが出ないのなら、ファールで止めてしまっても大丈夫だろう」という傾向は、FC大阪の選手の「負けない」戦術との親和性が良い。おかげで、展開してはファールで止まり、展開してはファールで止まり、という流れが作りにくいなかで試合は推移する。簡単に言うと、これが90分間続いたのがこの試合の全体像だ。
 前半20分の奈良クラブCKからの決定機も同じ文脈で理解できる。おそらく、この試合はボール際が厳しくなる。奈良クラブにとっては最初のコーナーキックなので、準備してきた形を出したい。最近の傾向として、ゴールキーパーの周囲に人を集め、自由に動けないように(特に前に出れないように)してからニアサイドで合わせるというパターンをどのチームもよくしている。映像を確認するとわかるが、中島が蹴る瞬間に、相手GKが百田選手を押し出して遠ざけようとしている。おそらくこれがファールなのだろうが、主審は蹴る前から百田選手のファールを取る気で蹴らせていたのではないだろうか。「今日はそういうのはファールにしますからね」ということを伝えたいプレーだったのだろうが、あろうことか嫁阪選手の完璧なヘディングが決まった。もしVARがあればノーファールとされてもおかしくないプレーだったが、J3にはそういうシステムがないため、このゴールは取り消しとなった。自分が審判をしていたら同じことをしていたかもしれないと思う反面、ややきめ打ちな判定には不満もある。この辺りは、本当に難しい。

フリアン監督の打った手

 前半を鑑みて、後半の奈良クラブの打開策としては、以下のようなことが考えられた。
①普段しているようなパス主体のフットボールは無理
②ロングボールの出口が現状嫁阪1つしかなく、そこを狙われている
③ただし、FC大阪のプレスの強度はそこまで持たない
 後半に投入されたパトリック選手と桑島選手には、こうした現状を打開するためのミッションが与えられていた。
 まずはパトリック選手だが。中央ではなくて左サイドに流れてボールをもらうシーンが多かった。これは人数が多く、奪われるとピンチになりやすい中央のレーンではなく、サイドのレーンでボールを受けてもらい、ここを起点とすることである。また、嫁阪選手も残したので、左右両サイドでボールの受け手ができる。こうしてFC大阪のディフェンスラインを広げることができる。これはかつてチェルシーが使っていた戦術に「フローボール」というのがあるのだが、どれぐらいの人がご記憶だろうか。それに似た戦術に、個人的にはちょっと懐かしみを覚えた。単純に前に張るだけでないバリエーションは、今後脅威になりうるはずだ。
 全体を左右に広げた上で、その空いたスペースに桑島選手が入り込んで決定的なシーンを作る。これも「あと一歩」というところまでは行っていたので、惜しいと言えば惜しかった。特に③については「後半15分を過ぎれば、FC大阪のプレスはもたなくなる」と長女に話していた通りになり、FC大阪のプレー強度も逓減していく。ここから奈良クラブがペースを握り、FC大阪を押し込むことに成功する。「すわ先制か」という雰囲気になるまでは良かったが、この日はフィニッシュにいく気持ちがやや足りなかった。多少強引にでもシュートを打っても良いようなところでパスを選択する場面があり、そうしているうちに奈良クラブも体力を消耗し、お互いノーガード状態となってからはシーソーゲームになってしまった。特にパトリックは左サイドでボールが収まり、ペナルティエリアへ侵入する機会が3回ほどあったが、切り返してシュートではなくいずれもクロスを選択していたように思う。一度でも切り返してシュートがあれば、今日の雰囲気であれば決まっていたような気もする。

守護神、岡田慎司

 シーソーゲームになったときに、FC大阪にも決定機があったが、これは守護神岡田慎司選手が完璧なセーヴでことなきを得た。彼は今日の試合前の練習から、鬼神のようなオーラを出していたので、正直今日点を取られることはないという確信があった。
 後半25分のシーンがそれだ。マイボールが奪われて相手FW島田選手と1対1になったときでも、岡田選手は冷静だった。後ろから澤田選手が戻ってきているのも見えているので、島田選手としては早くシュートを打ってしまいたい。その「欲」を岡田選手は見逃さず、冷静に間合いを詰め、シュートをブロック。島田選手としては完全に「打たされた」シュートだった。岡田選手の完勝。なにより、焦って飛び出さずに澤田選手の存在感も利用し2対1のような雰囲気を出させたことが流石である。
 このシーン以外にも、持ち前の球際の強さ、キャッチの安定感、ゴール前での安心感など、「やはり、ゴールキーパーは岡田だ」という存在感を見せつけた。この試合のMVPは岡田選手だと思う。

負けなかったのか、勝てなかったのか

 試合後のフリアン監督のインタビューは、そこまで攻撃的なニュアンスではないにせよ、「アンチフットボール」的なことが言いたげな内容だった。バルセロナ出身でマイボールを大事にする監督としては、今日のFC大阪の戦術は受け入れ難いものだろうし、それを打ち破れなかった悔しさもあるのだろう。彼にしては、感情的なコメントだなあという印象を持った。
 確かに試合は引き分けに終わったが、個人的にはこれは「負けなかった」試合だと思う。勝てる要素はあったが、決定的ではなかった。そして、そういう試合で奈良クラブは割と負けてしまうことが多かった。今日はそこを持ち堪えて引き分けに踏みとどまったのは成長ではないか。これだけ相手に自分たちの良いところを潰され、ピッチや審判の基準など、諸条件が相手に有利となっているなかで(審判が相手を贔屓していたわけではない)、負けなかったことはきっと次につながる。YSCC横浜戦は「消化不良」という雰囲気の引き分けだったが、今日は最後の最後まで勝利への渇望が感じられたし、足掻いているのが伝わった。相手が相手だけに「勝てなかった」という気持ちにもなるが、そこを引いてみた場合、この試合は「負けなかった」という評価が妥当だと思う。かなりタフな相手に、相手のやり方に付き合わされながら、負けなかった。これはチームの成熟と言えるだろう。天皇杯でもそうだったが、奈良クラブは逆境に強くなったと思う。自分たちのやり方ができない時でも、打開していこうという気概を感じる。まだまだこのチームは強くなる。

スタジアムという記憶

 この日も僕は長女との観戦だった。今年になって奈良クラブの試合にもよくついてくるようになった長女は、応援の作法もしっかりと覚え始め、ゴール裏でもそつなく振る舞っていた。「あっこちゃんは楽しいけど、試合が見れない」というので、後半からは応援団から抜けての観戦だったが、試合を解説していると「ほんまや!」と理解しているし、「もっとサイドを使え」「そこじゃないよお」など、父親と似たようなことまで言うようになった。試合が終わり、選手たちが挨拶にくるときには颯爽と選手名のタオルマフラーを掲げ出迎える。「お父さんも、これ出しや」と百田選手のタオルマフラーを渡してくれる面倒見の良さだ。
 スタジアムの記憶というのは、割と大人になっても覚えているものだ。僕も近鉄の試合を見るため、藤井寺球場によく両親に連れて行ってもらった。ブライアンとが打つ球が、まるでピンポン球のようにスタンドに飛んでいく様子は今でも覚えている。バットにボールが当たる時、「カン!」ではなく、「パーーーン!!!」というありえないような甲高い音がなり、目の覚めるような速さでスタンドに消えていく。
 取り立ててフットボール好きを育てようとも思わないし、僕としては思春期の一度しかない時間を一緒に過ごさせてもらっているだけでありがたいのだが、彼女がスタジアムへいく時のワクワク感や、試合での高揚感、落胆、感謝、尊敬といったいろんな感情を知ってくれると嬉しい。奈良クラブも小学生の観戦の引率をしているが、素晴らしい取り組みだと思う。変な習い事をさせるよりも、こうした体験をつませる方が良い大人になる。大人たちが阿鼻叫喚を恥ずかしげみなく曝け出だしているスタジアムという非日常は、子供達にとってもかけがえのない記憶を紡ぐ場所なのだと思う。


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