奈良クラブを100倍楽しむ方法#007 第8節対ツェーゲン金沢 “I Shall Be Released”
1週間と少し前の水曜日、僕はロートフィールド奈良にいた。春分の日だというのに、気温は上がらず、雨、みぞれ、雪、暴風という真冬日と言っても過言ではない天候のなかで、奈良クラブの今期初勝利を見届けたのだった。まさに、命の危険を感じながらの観戦だった。その分喜びは爆発したのだが、「正直、もうしばらく、こういうのは勘弁してよ」という気持ちもあった。
3月最終日、かの天候が嘘だったかのような春の日である。この時期特有の白く濁った空や、例年より遅れながらも開花を目前にする桜も、全てが美しい。なにせ、温かい。命の危険を感じなくて良い。これだけで、文句なしの観戦日和である。
本日の対戦相手はツエーゲン金沢だ。昨シーズンはJ2にいた強豪である。金沢から詰めかけたファンでアウェーのゴール裏も熱気がすごい。金沢の布陣は、Jリーグで最近のトレンドである3バックの3−4−2−1。この布陣がトレンドであるわけは、相手の出方に応じて、あるいはボールを保持しているときや保持していないときに合わせて、4バックや3バックに割と自然にシフトすることができる点である。Jの下部リーグであっても、相手のFWの枚数に応じてDFの配置を入れ替えたり、あるいは相手のDFにこちらのフォーメーションをはめこむことは通常運転のレベルにまでなった。
思うに、特に今年のJ3はこうした戦術的な汎用性や選手の個性がよく出ており、どのチームもかなり手強い。ルヴァン杯でJ3のチームが上位リーグのチームをかなり下しているが、まぐれでもなければ相手が油断しているわけでもない。普通に強い。チームの格としては上の金沢に対して、前節にロスタイム痛恨の引き分けに持ち込まれた奈良クラブが今期2勝目を狙って挑むという構図となった。
金沢の奈良対策
試合開始は、奈良クラブがボールを動かすも、全くの五分という印象だ。ただし、金沢の奈良クラブへの対策はしっかりと見えた。金沢の3−4−2−1の2にあたる大谷選手や、梶浦選手は、CBから対角線でSBへのパスコースを切るポジショニングをすることで、奈良クラブのサイドをワイドに使った攻撃を抑制しようとする。特に右CB鈴木選手から左SB下川選手へのパスコースについてはかなりケアしていたようで、鈴木選手がパスを蹴ろうとしてためらうという場面が何度かみられた。ただ、これをするとCBそのものには強烈にプレスにはいけないので、ボールの保持そのものは奈良クラブ、待ち構える金沢という構図で展開する。時々CBにプレスがかかるが、GKマルク・ビトに戻して展開をしてもらおうとするも、ここもパスコースをかなりしっかり切っているようで、なかなか繋がらない。ビトはやや困った顔で監督の方に目をやる。
フリアンからもっと幅を使えという指示が出ていたようで、この辺りからSBが横の幅を取り、ウィングの嫁阪選手や岡田選手はやや絞り気味の立ち位置で縦方向のボールの引き出しを要求する。
この微妙な立ち位置の変更からチャンスが出来始めた最中に、奈良クラブ失点。ゴールキックからの流れで簡単に右サイドで起点を作られる。右からのクロスに生駒選手がすべってしまい、そこを詰められる。SBが幅ととる分、CBがケアするスペースが広かったり、CBとSBの間にスペースができてしまうのだが、そこをうまく使われた。生駒選手がすべってしまったのはアンラッキーだが、奈良クラブはこういう単純な攻撃に弱い。こういうところについては、総括で詳しく書く。
ついに輝く岡田優希
1点をリードした金沢だが、時間が早いこともあり戦術の変更はなし。両SBへのケアは確かに機能しており、それで両サイドを抑えようとしていることはわかるのだが、そこから先の守備が「なんとなく」な感じしか見えない。ゾーンを押さえようとしているのはわかるのだが、國武選手や中島選手がライン間に入った時にしれっと浮く瞬間があり、そこを縫うようにボールをつなぎサイドから突破を図る奈良クラブ。こういう「なんとなく」な守備の場合、ドリブルが魅力の岡田選手が突破口になるはずだよ、と同伴者に伝えた矢先、岡田選手のドリブルが炸裂。逆サイドの嫁阪選手がかなり難しいところを頭で合わせて同点!
特にこの試合、奈良クラブの左サイドの下川選手と岡田選手のコンビネーションで奈良クラブは幾度となくチャンスを作り出した。下川選手は外側でも内側でもボールを受けられ、岡田選手もそれに合わせて動きを変えることができる。3バックの左サイドはスペースを埋めるためか、カバーリングするにはやや遠いところにいることが多かった。その間を岡田選手が取り、抜けていったところにできたパスコースを下川選手が使う、というシーンが試合を通じて見ることができた。ここはとてもワクワクしたところだ。特に岡田選手がドリブルでゴールライン際を進むシーンが多かったが、この形はフットボールでもっともゴールを簡単に決めることができるプレーだ。シュートを打つ選手にとって一番簡単なパスは、ゴールライン際から返ってくるボールをゴール方向に蹴り返す形である。この形が増えればチーム全体のゴールもどんどん増えるはずだ。
金沢もどうにかしたいのだろうが、開幕戦であれだけ苦戦した3バックのチームにも、しっかり対応できるようになったというところも、奈良クラブの成長の一つである。ただし、この対応はハイライン、ハイプレスを基本とするので、結構リスキーでもある。
撃ち合う後半
後半は、前半にも増してオープンな撃ち合いとなった。先をこしたのは金沢。右サイドを巧みなドリブルで攻略し、低いクロスを合わせられる。GKにはどうしようもないゴール。金沢が一歩リード。
撃ち合い上等。奈良クラブもすぐに追いつく。今日素晴らしい連携を見せる岡田選手と下川選手の連携から下川選手が逆サイドへクロス。合わせるのはまたもや嫁阪選手。これも前節のゴールと同様に、逆サイドからの攻撃時はウィングは絞ってファーサイドに構えるという約束が機能した形だった。シンプルな約束事だが、これを徹底した嫁阪選手にご褒美の2ゴール。試合は振り出しに。
金沢はどうしても逆サイドの守備が甘い。おそらくスペースをカバーしたい気持ちが強いのだろうが、そのせいでボールだけをみてしまう時間が長い。結果として裏のスペースへの対応が遅れがちだ。前線でのサイドバックをクリップする金沢の戦術も徐々に崩壊し、奈良クラブは金沢の守備を攻略し始める。
そして逆転。またもや右サイドでテンポ良くボールを回し、フリーになった下川選手からピンポイントのクロスに合わせたのは百田選手。ゴールキーパーは一歩も動けず。ファインゴールの歓喜に湧くロートフィールド!なにより、寒くないのが良い!
さあ、このまま試合をどう閉じるかが奈良クラブの課題なのだが、結果はご承知のとおり、最後の最後、コーナーキックからまたもや失点し、3−3のドローとなった。これについて、前半からの流れで僕の考えをまとめようと思う。
セットプレーを課題にしてはいけない
長野パルセイロ、カマタマーレ讃岐、ツエーゲン金沢とこれでロスタイムでの失点で勝ちを逃したのが3試合になり、しかも全てがセットプレーや、サイドからのロングボールという”単純な攻撃”由来であるから、ファンは歯がゆい気持ちになる。大宮戦も失点はセットプレーだった。ここが改善されればと思うと僕も非常に歯がゆいのだが、思うにセットプレーが課題ではない。これは課題というよりも、奈良クラブの選手編成上の必然的な弱点である。
奈良クラブはボールを保持することをアイデンティティにしているチームなので、それに合った選手を獲得している。身体は大きくなくても、パスの精度が高く、俊敏であること。この辺りが条件になる。スタジアムに行くとわかるが、奈良クラブの選手は非常にスマートだ。いや、一般人から比べると非常に大きいのだが、他のJ3の選手に比べると細い印象を受ける。逆に東北や北陸のチームの選手はゴツい。今回の金沢だけでなく、富山、八戸、皆非常にフィジカルを強調しているように思う。ので、チームの体質として、こうした単純な攻めに弱い。長所同士の競い合いなら負けないのだが、弱いところを攻められると結構辛い。ボールの出所を抑えるような守り方ができれば良いのだが、試合終盤は流石にそれも出来にくくなる。むしろこれが課題なのだ。
試合終盤、奈良クラブの選手は明らかにキツそうで、ゴール前に釘付けにされてしまう。苦手な情況にされてしまうのだけど、それを跳ね返す体力が残っていない。僕は試合を通じて奈良クラブの選手が動きすぎているからではないかと思う。運動量は多い方が良い、と思われているが、実は違う。多分フリアン監督も大好きで、僕も愛読しているヨハン・クライフの著作『美しく勝利せよ』にはアーロン・ヴィンターという選手について書かれているところがある。なお、クライフはアヤックスの監督時代にヴィンターを使わなかったことがあるのだが、その理由は「動きすぎるから」だった。以下、引用である。
失点の場面の修正も確かに必要だが、試合終了間際にあそこまで疲労困憊している選手に、満足な守備対応はできない。もうひとかけらの余裕があれば、そもそも失点のシーンにならなかったかもしれない。そう考えると、セットプレーの失点ももちろん課題だが、チームとして取り組むべきは「いましていることの精度をもっとあげること」なんじゃないかと思う。
今期特に思うのが、かなり単純なパスミスが多いことだ。スペースに欲しいところで足元パス、その逆のケース。近い距離の横パスをインターセプトされるシーン。これが出ると全体が停滞する。これはミスのそものじゃなく「動こう」としすぎて「自分の領分を超えたところ」でプレーしようとしている故のミスな気がしている。クライフ的にいうと「シンプルなプレー」ではない選択をしているように見える。そうしたミスの積み重ねが疲労となって試合終盤、自分たちを苦しめているんじゃないか。
別の試合でも述べたが、セットプレーを単体で改善しようとすることはできない。それは今の奈良クラブのフットボールの方法論自体を変えないといけないし、そのための選手が必要だ。すると、もっとゴツい選手が必要だということにもなるし、もっと直線的なフットボールになる。今のハイライン、ハイプレスで即時奪還し、マイボールの時間を長くするような内容にはならない。となると、監督ももっと別の人を連れてきた方が良いだろう。ただし、そういうフットボールが私たちは見たいのだろうか?
少なくとも、今日の試合の奈良クラブは非常にエキサイティングだった。結果は悔しいし、連続しての引き分けなので、素直には認めたくないが、今まで以上にワクワクさせてくれるなにかがあった。これは結構重要なのだが、奈良に住んでいる人や奈良にゆかりがない人でも、今日の奈良クラブのフットボールは面白いと感じさせることができただろう。第三者的にみても、十分に視聴に耐えうる内容だったと思う。
例えば、「今日初めてサッカーみるんだ」という人の、その初めての試合が今日であれば、その人はフットボールに興味を持つだろう。「面白そうだ」と感じてくれるはずだ。それは同じ引き分けでも、長野戦や讃岐戦ではみられなかった姿だった。去年J2のチームを相手に、堂々とした戦いぶりだった。そこは誇って良いのではないか。
「見せようぜ、奈良の力を」
昨シーズンの失点の少なさは、ディフェンスが堅固だったことよりも、自分たちでボールを「なんとなく」回す時間が長かったので、相手に攻撃をさせる時間が相対的に短かったという要因もある。今シーズンは、もう少しテンポが早いので、相手ボールの時間も必然的に増える。良い時間には、奈良クラブの選手の距離感も良いし、すぐにボールを奪い返し、攻撃を連続して続けることができている。こうした時間の使い方のマネージメントをもっと洗練すること、その上で成熟したチームを目指すことが具体的な目標ではないかと思う。不足を嘆いたところで、何かが変わるわけではない。今持っているものでどうするかを考えなければならない。そして、今日の奈良クラブにはこれまでにない反発力があった。2度先行されたが、不思議なことにあまり心配はなかった。「おそらく追い越せるだろう」というチーム全体の予感のようなものを感じたのは、僕だけではないはずだ。光は常に感じられるとこにある。
まだまだシーズンは長い。これからの奈良クラブには期待しかない。もっともっとワクワクさせて欲しい。「見せようぜ、奈良の力を」。もっと自由で、もっと楽しい、奈良クラブのフットボールを見せてくれ。