銀河英雄伝説の悪役欲張りセットになっている感のあるロシア
ネットで戦争ネタが話題になると何かと「銀河英雄伝説」が例えに出されるが、今回のロシアによるウクライナ侵攻では、特にロシア側で、小説上の悪役・憎まれ役の属性が集中して出現しているように見える。なんというか、銀河英雄伝説の悪役欲張りセットになっている感があるのだ。
補給無視かつ戦略目標が曖昧な一大侵攻作戦を企図し、見事に補給を狙われて頓挫
「銀河英雄伝説」の前半のハイライトの一つとして、自由惑星同盟軍が銀河帝国領内に大規模侵攻するエピソードがある。ただし、その作戦内容は
作戦目標がはっきりせず「とりあえず敵首都を目指す」程度。
大軍をなるべく遠くに行かせるため、補給計画に難がある。
敵軍は脆弱で勝手に瓦解し短期で終わると勝手に想定している。
占領地の住民は自軍を歓迎すると勝手に想定している。
というずさんなもので、自分を天才だと思っている野心家と、勝利によって支持率を稼ぎたい政治家の野合によって強行されたものであった。結局現実は甘くなく、侵攻した自由惑星同盟軍は兵站線を狙われて瓦解し、人員・物資の両面で大打撃を受けるという結末となっている。
小説の作戦は愚かさをわかりやすく誇張された表現だと思われていたが、ロシアのウクライナ侵攻の開戦演説や序盤のキーウ攻防戦では、この愚かさが完全に再現されてしまっていたように見える。
支持率低下を恐れ、「勝利と言える何か」を求め玉砕命令を出す首脳
前述のエピソードでは、すでに敗勢が確定しており自陣まで粛々と撤退して防衛線を引き直すべきところを、人命と予算の浪費を有権者から咎められることを懸念した政治家が口を挟み、「勝利であると政治宣伝できる何か」を得るまで戦場に残って戦えという指示を出し、さらに損害を拡大させるという結果を招く。
今のロシアも同じ状況である。キーウ攻防戦に敗退した時点で当初狙っていたウクライナの国家転覆という目標は果たせなくなっている。しかし、ここで全面撤退すると膨大な人命と国力と国際的信用を投げ捨てて得るものは何もなかったということになるので、撤退を選ぶことができない。なんとか"成果"を得ようとして東南部四州併合などをぶち上げて死守命令を出していると言われているが、現在はその死守命令を逆手に取られたウクライナ軍の包囲戦術で押し切られる勢いであり、無駄に損害を拡大している状況にあると言えるだろう。
敗勢が濃くなると酒浸りになり非現実的な軍議に明け暮れる
銀河英雄伝説のお話では、序盤の終わりは貴族連合軍なる無能なくせに権力だけはあり傍若無人な連中という分かりやすい悪役との戦いになる。大軍を用意するものの主人公にはあっさり破られ、末期には酒浸りになり非現実的な軍議に明け暮れる描写がある。
ロシアでも似たような状況が見られる。ウクライナ侵攻が頓挫しつつある中で、プーチンの側近は酒浸りになっているという情報が伝えられている。
また、テレビでは無為な軍議が繰り広げられている。例えばロシアの名の知れたプロパガンダ番組では、もっと愛国心を持って戦えと泣き叫んだり、戦場での不利を暗殺作戦で覆そうなどといった、毒にこそなれ薬にはならなそうな議論が繰り広げられている。
「我々は旧領の支配者でなければならない」という誇大妄想を宗教者が煽る
銀河英雄伝説では後半の悪役として地球教という教団が登場する。謀略や破壊工作をいとわない一種のカルト宗教的性質を持っており、その中心には「地球はかつての威勢を取り戻し宇宙に号令をかけなければならない」という野心を持った幹部たちがいる。
今のロシアにも、政治的野心をむき出しにした宗教家がいる。モスクワ総主教キリルである。彼はプーチンの同盟者と召使の中間的な動きをしており、私から見ても「さすがにこれは異端認定されてもおかしくないのでは?」というほど「モスクワが旧ソ連圏を支配すべきで、分裂している今が異常事態である」という思想に毒された言動をしている。
まあ元々のモチーフはわが国なのだが
「銀河英雄伝説は未来を予見していた!すげー!」と書きたくなるところだが、この作品は基本的には戦後文学の末流に位置する作品であり、悪役・憎まれ役のモチーフには日本の戦争も多く含まれている。例えば戦略目標の欠如した「明確な戦略目標がなくなんとなく"敵"を設定して始めた戦争」という批判は日中戦争から太平洋戦争まで言われるところであり、補給軽視は平時からの輜重科の不人気や、戦時におけるインパール作戦が言われていたものである。
小説ではこういった下敷きを元にエンターテインメントとしての戯画化がなされており、現実の大日本帝国のポジティブな部分を削り落としてネガティブな部分を徹底的に誇張してキャラクターに落とし込んでいる。例えば大規模侵攻作戦の発案者のフォーク准将は「こんなやつおらんし、いても責任ある立場になれんやろ」というくらい無茶苦茶なキャラになっているし(そのため個人的コネを使う話になっている)、貴族連合軍はコテコテなくらいバカ貴族のステレオタイプを採用している。
今回のロシア軍は、その小説で戯画化され誇張された要素が現実になっていて、小説では複数の勢力に分配されていた特徴が一つの国に収まっているという点で、旧軍の愚かさすら矮小に見せるほどになっている。
事実は小説よりも……
とはいえロシア軍の悪役ぶりは小説の範囲に留まるものではない。略奪や虐殺は小説の中でも描かれた範囲だが、小説の中でも描かれないような事案も多く、例えば傭兵隊や私兵部隊を混ぜることで指揮権が混乱する話は銀河英雄伝説の小説などにも出ない事例である。そして個人的に胸糞事案だったのが以下の話である。
ロシア軍はウクライナの子供を"避難"と称して数十万人ロシアに連れ去れさっており、その子供にロシア国籍をつけてロシアに定住させることを新法で推進するなど、公式・公然に誘拐を行っている。その上、最近ではこの子供たちを"人質"としてウクライナ占領地の親を強制徴兵し、ウクライナ軍と殺し合わせるという行為すら観察されるようになってきている。
「事実は小説より奇なり」というが、こんな「奇」は見たくなかったというのが正直なところである。
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