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最初期の映画の画像工学的特性

「映像の世紀」という名作ドキュメンタリー番組の存在により、日本のネット界隈では最初期の古い映画の画質を再現したいという需要が多い。そこで、下記のリュミエール兄弟の映画を参考として、初期映画の画質を画像工学的側面から簡単に解説していく。

フレームレート

一般に昔の映画はコマの時間密度(フレームレート)が少ない。定格が決まってからも24FPSだったが、それ以前の手回しカメラの時代となると、機械の精度の低さや、撮影者がフィルムをケチるためにゆっくり回す等の理由によりフレームレートはさらに落ちる。昔の映画を再生すると早く見えるのは、低フレームレートの映像を24/30/60FPSの規格にはめ込んで再生しているためである。

それともう一つ、手回しで回しているゆえに回転速度の一定性を保てず、回転運動の位相に撮影者の「手癖」が反映される。よく見てみると、1~数秒の周期でフレームレートが上がったり下がったりしていることが推定できるだろう。これを再現するのは技術的にはむずかしくないが、普通の編集ソフトにはまずない機能なので自分でプログラムを組むしかない。

なお、手回しカメラがどういうものかは金曜ロードショーの2代目OPあたりをみるとよい。

光量とコントラスト

初期のフィルムは感度が低く、撮影には一定の光量が必要だった。このため、リュミエールの最初期の映画集もほとんどが昼間(おそらく晴れた日)の撮影であり、その条件でも日陰はほぼ真っ暗に映っていた。例えば図に示す映像では、日陰になっている屋形船の屋根の下はほぼ真っ黒であり、スフィンクスの映像は手前の日陰側にいるラクダが真っ黒に映っている。我々の目のダイナミックレンジはこの時代のフィルムより良いため、これは違和感があるのである。

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撮影機の生の光量分布を人の目の感度に近づける試みはずっと続けられ、現代では人の目の特性を再現したコントラスト補正やHDR合成が行われているが、初期の映画にそんな高度な補正技術はない。ちょっとでも明るすぎれば白飛びし、ちょっとでも暗すぎれば黒飛びするのである。この問題が本格的に解決したのはデジタル処理によってであり、白飛び黒飛びの多さは初期映画に限らず白黒テレビやアナログカラーテレビの時代までは普通に見られるものである。

もう一つ、リュミエールの映像を見ていると、1~数秒の周期で平均の明るさが変化しているのが見て取れるだろう。これは手回し撮影機につきものの撮影者の「手癖」が反映されたものと推定している:物性をそのまま反映するカメラゆえ、フレームレートが変わると1コマあたりの感光時間が変わり、それにより画面の明るさも変わってしまうのだが、初期映画の周期的な明るさの変化は手癖によるフレームレートの変化がそのまま再現されていると考えられる。

光量の問題ゆえ初期映画に屋内で撮影したシーンはそもそもほとんどないが、あえて屋内で撮影する場合強烈な照明を当てて光量を確保する必要があった。屋内撮影では、この照明が当たっているところはハレーション気味に白すぎるほど白く、当たっていないところは殆ど真っ黒ということが多かった。

この特性は人形劇を撮影すると実物以上のリアリティが付くことから、初期の「アニメーション映画」は人形劇をストップモーション的に撮影したものが多い。また、背景に暗幕を置いて人形劇を撮影し、その後同じフィルムで暗く映ったところに別の画面を感光させて合成する特殊撮影も盛んにおこなわれた。映画史の最初期からこの手の特撮は存在するのだが、撮影メディアの質の悪さゆえに粗が目立ちにくかった恩恵という側面はある。

空間解像度

初期の映画は空間解像度が悪いものが多く、現代風に言えば320×200画素程度のものが多い。この解像度はレンズなど光学系の特性と、フィルムの物性によるものがある。このどちらが主たるボトルネックになっていたかについては、フィルムのほうだろうと考えている。

まず、光学系については、眼鏡や天文望遠鏡のために数世紀にわたって使用・改良が続けられており、リュミエールの時代にはすでに収差を打ち消すため4枚のレンズの張り合わるところまで進んでいた。撮影技術の未熟さによりフォーカスが合わせられず、特に収差の大きい画面周辺でそれが大きくなることを除けばそこまで問題はなかっただろう。

一方でフィルムはまだ未熟であり、映画フィルムに関してはなおさらであった。この中でも、感光材のそのものの解像度は分子レベルであり十分な濃度で均一に塗布されていれば十分だっただろう。問題はフィルム自体が完全な平板ではなく、送り動作によって曲がってしまうことである。これは曲がることによる水平面上の歪みをもたらすほか、立体的な形状変化はフォーカス合わせを乱してしまい、しかも一つの画面内でフォーカスの合い方にムラができてしまう(しかもそれが時間的にランダムに変化する)。

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Photo by Jakob Owens on Unsplash

フィルム撮影はこの限界により、解像度の上限が感光材の分子密度よりだいぶ低いところで止まってしまう。この時代はなおさらであり、再現したいなら実効解像度(情報量)が320×200程度になるようにピンボケを再現するフィルタをかけるとよいだろう。空間ローパスフィルタが最適だが、数理的にはいったん320×200程度につぶしてMP4やH.264で低圧縮で保存した後、それを特殊なアップコンバータを使わずに好きな解像度まで引き延ばすとそこそこ再現できる。こだわりがあるならガウスぼかしを使いこなすのが良いだろう。

位置ブレ

少なくとも手回しカメラの時代は回す都合からハンズフリー撮影は難しく三脚上に乗せて撮影していた。しかしこの時代ゆえ固定やサスペンションも甘く、周期的な位置ブレ・揺れが目に見えて分かるものも多い。

また、一つのカメラで位置と方向を固定して撮影するのが普通だったため、より新しいカメラワークで撮影されたもの――例えばカメラ方向のパン移動、ズーム倍率の動的変化、ステディカムでの移動撮影――はいくらフィルタをかけようともそれ自体が違和感があるのは確かである。複数カメラ撮影やカットシーンは比較的早い段階で登場するが、多用すると不自然である。

ノイズ

このノイズは、撮像フィルムまたは現像後の再生フィルムの上に埃がついて引き起こされるものが多い。また、フィルム自体の分子的な劣化でフィルムが焼けついてしまうということもよくあることであった。映画フィルムは撮影・再生に物理的運動を要し、静電気で埃を吸着したり、摩擦やプロジェクションの光で劣化することはよくあることだった。

映画の原理上、こういったノイズは基本的にコマごとにつく。初期映画の低フレームレートのものを再現した場合には、低フレームレートでのコマに合わせてノイズを付けることになる。

音声

この時代の音声は基本的にエジソンの蓄音機ベースであり、マイクやスピーカーなど音電変換素子の特性と、電気回路の特性によって音質が決まっていた。

マイクやスピーカーの音質が良くなるのは近年の話で、古い時代のマイクはだいたいくぐもったような音になっていた。この音質の再現は、基本的に100~1000Hz程度のバンドパスフィルタをかけ、こだわるなら特定の倍音にピークを立てるなどの方法で容易に「それっぽく」できる。

昔の録音はノイズがブチブチと入っていることが多いが、これはレコードの溝が摩耗したとか、埃が入ったとか、あるいは映画フィルムのサウンドトラック(写真の右にある波形情報を光学的に記録した帯)に埃が付いた、歪んだなどの物性により引き起こされていることが多い。この中で、特に埃による音声情報の変化は元の音声情報が消されて低周波ノイズで置き換えられることになるので、単なる加算では再現しきれない。

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今フィルタを作るなら

さて、このように当時の物性を知ることでリュミエールの時代の映画を再現するフィルタを設計することはできる。が、今やるなら、DNNなどニューラルネットワーク系のシステムにローファイコンバータを学習させてしまうのが早いだろう。ニューラルネットワークは統計学的には内挿に近い処理であり、情報量を落とすだけのローファイフィルタは得意であると考えられる。工学系の学生の修士の研究にちょうど良い程度、と考えている。

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