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カポーティについて語る


【その18】


「あらゆるものごとの中でいちばん悲しいことは、個人のことなどおかまいなしに世界が動いていることだ。もし誰かが恋人と別れたら、世界は彼のために動くのをやめるべきだ。もし誰かがこの世から消えたら、やはり世界は動くのをやめるべきだ。しかし実際には、決してそんなことは起こらない。多くの人間が朝起きる本当の理由はそこにあった。つまり、ひとは重大な意味があるからそうするのではなく、意味がないからそうするのだ」

『夜の樹』
トルーマン・カポーティ
訳者 川本三郎
新潮社 平成6年 80頁 『夢を売る女』


カポーティの代表作は『冷血』だろうか、『ティファニーで朝食を』だろうか。
たぶんそのどちらも正解だけど、私の中では『夜の樹』という短篇集が彼の代表作である。

彼の中の「作家としての力」のようなものをブラッシュアップしていって行き着いたのが『冷血』だとすれば、彼自身の中に元々存在した、彼自身にしかない色の小さな炎を最も高い温度まで持っていって書かれたのが『夜の樹』である。

サリンジャー同様、好き嫌いがあるのは否めない。
実際に、称賛された一方で「実体に欠ける」キャラクターが批判の対象でもあったという。

その批判がどの方向から発生したものかは分からない。どの角度から本を読むかは、個人の自由だ。

だけど、誰かがその「実体に欠ける」と定義したキャラクターこそが、この短篇集最大の魅力であるということは、ここに証言しておく。


「素晴らしい短篇を書く作家」を考えた時に、私は間違いなくカポーティをそのひとりに挙げる。

初めて読んだ時にその素晴らしさに衝撃を受けて以来、多くの短篇集を手に取ってきたが、この一冊に対する想いは1ミリも揺らいではいない。

私の角度から見れば、
『夜の樹』は短篇小説のひとつの完成形である。




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