【感想】【SEED FREEDOM】鑑賞一回で思ったこと。

『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』が1/26に公開された。私は先日、直近の劇場版ガンダム作品の実績を参考に、本作の興行収入を公開前に予想した記事を書いている。ちなみにそこでは「54億円」と試算した。
※ちなみに2/18時点で「31億円突破」というニュースが出ており、ガンダム映画史上一番の興行収入となっている。54億円到達は、少し厳しいかな。。。

今回は実際に劇場に足を運んで鑑賞した感想を忖度なしで述べていきたい。

前提:私のSEED歴

まず大前提として、私のガンダム歴、そしてSEED歴について説明しよう。

私はガンダム歴3年ほど。基本的には初代〜逆シャアまでの宇宙世紀シリーズを中心に追っている浅めのファンである。宇宙世紀であっても観ていない作品も多い。

今まで観てきた作品は、
・『機動戦士ガンダム』(いわゆるファースト)
・『機動戦士Zガンダム』
・『機動戦士ガンダムZZ』
・『逆襲のシャア』
・『機動戦士ガンダムTHE ORIGIN シャア・セイラ編Ⅰ 青い瞳のキャスバル』
・『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』
である。「UC」「水性の魔女」「00」は途中まで齧っている程度だ。

前提として理解して欲しいのは、SEEDシリーズの原点となる『機動戦士ガンダムSEED』は観ていない、ということだ。
アニメを観ることよりもガンプラを作ることの方が好きであり、SEEDに興味を持ったのも、2022年のクリスマスに妻にMGデスティニー(EB)をプレゼントしてもらったことがきっかけだ。デスティニーガンダムについて調べる過程で設定やストーリーを知り、少しずつSEEDシリーズに興味を持つようになり、2024年に入ってから「SEED DESTINY」を一気に50話観た、というのが私のSEED歴だ。
※中高生の時T.M.REVOLUTIONが好きだったから、曲だけは数曲知っていた。
※ちなみに「種」「種死」といった略し方は個人的に好きではないのでここでは使わない。

つまり、SEEDシリーズメインキャラクターが抱えているドラマについては、あらすじを文字情報として一通り知っている程度である。主人公のキラとラクスについても、DESTINYでのあの迷いのない飄々とした姿しか知らない。マリューやバルトフェルド、イザークやディアッカには全く思い入れがないし、クルーゼやフレイやニコルに至っては生きている姿を知らない。
私にとってSEEDシリーズとは、シンとアスラン二人の葛藤を描いた作品であり、一番魅力を感じるキャラクターはギルバート・デュランダル議長である。

映画を観ての感想

誤解の無いよう、まず大前提。
私は劇場公開の翌日、1/27に新百合ヶ丘のイオンシネマで鑑賞した。IMAX等のスクリーンではない、音響もスクリーンも至って普通な環境だ。
滅茶苦茶面白かったし、観終わった後、YouTubeでJapan Si-Fiさんの考察動画もほぼ全部観ている。少なくとも途中から観なくなった「水星の魔女」よりも好きだ。プラモデルも予約できる範囲で予約したし、それまで観ることのできていなかったSEED無印の視聴も始めた。鑑賞の翌日に届いたHGイモータルジャスティスも、積まずに当日組み上げた。翌週に第一子が誕生し多忙なため叶っていないが、時間があればもう一度劇場に足を運びたいと思っている。

東大卒、超一流マーケターが思ったこと

率直に、圧倒された。劇場を出た直後、何かすごいものを観られた、という満足感に包まれた。SEEDシリーズで一番好きなデスティニーガンダムが光の翼を展開した時には鳥肌が立った。
その一方、これは巷で言われているほど大傑作ではないなと思った。これはおそらく10年後にはシナリオの大半を忘れているだろう、と。私のルーツがクリエイターであり、物語の構造、企画の背景に注目しがちな人間であることを差し置いても、正直、「こうすればSNSで絶賛されるんだろ」といった魂胆が透けて見えてしまった。
2006年あたりのSEEDファンが思い出補正なしで観たら、おそらく今のように盛り上がってはいなかっただろう。市民が中途半端にメタっている現代だからこその大絶賛だと思う。
裏を返せば、ビジネスとしては最高の評価になるのだろう。

シナリオについて

正直、アスランがズゴックで登場するまでは非常につまらなかった。
物語の流れはどこか既視感を感じるし、キャラクターの発する言葉一つ一つに重みが感じられない。オリジナリティがないのだ。本来ガンダムシリーズは、登場人物一人ひとりが葛藤を抱え血の通った「人間」であることが魅力なのだが、「SEED FREEDOM」では「キャラクター」としてしか見られず、感情移入ができなかった。
※公開に先立って完走した「SEED DESTINY」では、アスランの内面にものすごく共感した。もっとも、序盤にオーブから出奔し、ザフトに加入したこと自体には物語の都合が垣間見えてしまったが。

アスラン登場以後について。
エンタメ作品として、正直楽しかった。ただそれはあくまで「エンタメ作品として」であり、「物語として」ではない。オマージュまみれの作品で、最大公約数を取っていることが手に取るように分かったからだ。一番萎えたのはムウ・ラ・フラガがアカツキでレクイエムを反射したところだ。ムウさんは好きだがコロニーを丸ごと破壊するレーザーを反射してしまうのは流石にやりすぎであるし、茶番過ぎるし、茶番にしては「SEED DESTINY」の二番煎じで新鮮味が薄い。それでも私が楽しめたのは、デスティニーガンダムが好きだったからだ。

キラとラクスの愛情について。
正直、ベタであった。恋愛映画としては非常にチープな表現であるし、「必要だから愛しているのではない」のくだりは、申し訳ないが死ぬほど安っぽい。中学生レベルだ。そしてこの映画一番の問題は、この部分を映画の主題に据えてしまったことにある。本来男女が愛情を言葉にするのは、恋愛の初期段階だけだ。「SEED DESTINY」では子供が巣立った熟年夫婦のような安定感を見せておきながら、急に子供の恋愛になってしまった。
表現が過激で申し訳ないが、この映画の主題が評価されているということは、要するに今回のメインターゲットに据えているSEEDファンは、まともな恋愛経験を積んでこなかったのだろう。

映像表現について

前半のCGは、申し訳ないが退屈だった。ガンダム無双のグラフィックに毛が生えた程度にしか見えず、アニメ作品ならではの爽快感が感じられなかった。一言で言うと、動きに重量感がなく、現実の物理法則の動きに近い。要するにアニメ作品である必要がないのだ。

最後に所感

この映画は、ファンムービーであり、同窓会である。現在進行形の作品ではない。言うなれば『シン・エヴァンゲリオン』みたいなものだ。
最後の作品、完結編としては構わないが、ここから続編が作られるとしたら興ざめだ。またオマージュまみれ、メタメタな作りは妖怪ウォッチを思い起こした。
※とはいうものの続編が公開されたら観たいとは思う。

以上だ。
SEEDファンの皆さん、申し訳ない。僕は、やっぱりTVアニメ版のZガンダムが一番好きなんだ。


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