ドレミファソVSドシラソファ問題

 私は『ピアノひけるよジュニア』という楽譜を使用することが多い。子どもの導入時期にぴったりで、知っている曲を簡単に”弾ける気分”にさせてくれる素晴らしい楽譜である。
 その楽譜の最大の特徴は、なんと言っても、右手と左手の親指が「真ん中のド」を起点(ドは左右いずれかの親指で弾く)にドレミファソ、ドシラソファ、というポジションを取ることである。そのため、導入時期からオクターブを超える音域を弾くことができる。両手ともにドレミファソのポジションよりも遥かに使える音域が広いので、演奏できる曲目の幅が広がる。また、各曲についている”昔ピアノを少し習っていた保護者でも安心して弾けるちょっと素敵な伴奏”も、気分を盛り上げるための重要な役割を果たしている。
 初めて勤務した音楽教室の先輩先生にお薦めされたのがきっかけだったが、その際に「このテキストを使うと導入期は嘘のようにスムーズに進むが、3巻まで進んだ頃に必ず壁にぶち当たる。先生も気をつけて。」と宣告された。なんだその恐ろしい時限爆弾は、と思ったものの、なんとかなるだろうと考え、私は乱用し始めた。
 時限爆弾は約束通り爆発した。
 まず、左手のヘ音記号の読譜力がほとんどつかない。これは、真ん中のドを起点に、ドシラソファ、しか登場しないのと、指番号を頼りに弾けてしまうので、楽譜を読んでいないことに先生が気がつきにくいのだ。
 次に、左手をドレミファソのポジションで弾く曲に移行しようとすると、それまでのポジションと全く異なるため混乱をきたす。これは、大人のレッスンでも一度使用してみて全く同じ現象が起きた。初心者は、固有の指と固有の音が紐付けされているのだ。それを変えるのは、パソコンのキーボードを英語仕様から仏語仕様のものに変えられるくらいのストレスである。
 最後に、「知らない曲」に取り組むことに拒否反応が出やすくなる。皆が親しんできた童謡などばかり弾いてくると、いざ別のテキストに移行して、その生徒が初めて触れる曲に取り組もうとしたら、「これ何?知らない曲だからできない。楽しくない。」となるのだ。
 もちろん、全てにおいて完璧なテキストは存在しない。そのテキストを生かすも殺すも講師の力量次第である。
 侮るなかれ、ドレミファソVSドシラソファ問題。

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