MOVIE REVIEW 「ファーザー」
(監督:フロリアン・ゼレール 主演:アンソニー・ホプキンス 2020年/イギリス・フランス)
「老いる」ということを、「考えさせられた」というより「突きつけられた」という感じ。
主人公はロンドンに1人で暮らす、81歳の老人アンソニー。自分では何の問題もなく元気に日々を送っているつもりなのだが、世話をしてくれる介護人が腕時計を盗んだと思い込んだり、知らない女性を娘だと錯覚したり、家に来た男性を娘の別れた夫だと勘違いしたり、さっきまで自分の家にいたはずなのに、次の瞬間には娘の家にいて驚いたり…。
あまりにも不思議なことが立て続き、自分が置かれている状況に当惑し、混乱していくアンソニー。物語は彼の視点で進んでいき、観客側も何が現実で何が彼の見ている幻想なのかまったくわからない。だから、アンソニー同様、混乱してしまうのだ。
これが惚けていくということなのか…。自分自身ではコントロールができない状態で、得体の知れない混乱の中に落ち込んでいくのは、恐怖以外の何ものでもないだろう。
いつか自分の親もこんな風に老いていくのかもしれない。そして私自身もこんな終わりを迎えるのかもしれない。
老いるとは一体なんなんだろう?運命以外に老い方を選ぶことはできないのだろうか?正しい老い方とは?それ以前に、生きることとは?と、劇中、さまざまなことに思いをめぐらせた。
ラストシーンでやっと、アンソニーが置かれている「現実」が明らかになるのだが、その姿があまりにも切なくて、感動とも、絶望ともつかない感情が込み上げ、涙が止まらなかった。
1991年の「羊たちの沈黙」以来30年ぶり2度目のアカデミー賞の主演男優賞を受賞した、アンソニー・ホプキンスの圧巻の演技も見もの。
(主人公がアンソニーという名前なのは、偶然なのか、彼からとったのかは不明)
インタビューで彼はこう語る。
「私はまだまだ引退する気はありませんよ! 私は老戦士ですからね。強くて生きる力がある。それに私はあれこれ考えたり分析したりせず、ただセリフを覚えて演じます。それが脳の活性化につながります。私は暗記マニアなんです。おかげで脳が衰えません。シェイクスピアやエリオットなどの詩も大量に暗記していますよ」
認知症とはほど遠い脅威の83歳が演じる、認知症老人の姿。大きな存在感を放ちながらも、そこはかとない儚さを醸し出す。彼が長いキャリアを鍛錬を忘れずに継続してきたことがよくわかる名演だった。
物語と役者のマッチングが完璧で、何をとってもハイクオリティ。何年も語り継がれていくべき名作だ。
公式サイト
https://cinerack.jp/thefather/
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