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着物の近くにある箪笥のお話

最近、着物や帯をいただく機会が増え手持ちの箪笥には入り切りらなくなったため、箪笥屋さんを探しましたところ、小さなお店に行きつきました。その箪笥屋さんでは現在は新しい箪笥の製作はしておらず、修理のみを請け負っているそうです。作業場にお邪魔していくつか見せていただきました。

作業場に置かれていたのは、修理品と、もう使わなくなってお客様から引き取った桐箪笥たちです。引き取った理由は、着物を減らしたので一竿しかいらなくなったため、クローゼットのあるマンションに引っ越すので置き場所がなくなるため、など様々な理由のようです。それらの箪笥は一見同じように見えるのですが、例えば三つ重ねの一番下の「下台」の抽斗(ひきだし)の数、中間にある「上台」の「盆」の数、一番上の「上置き」の両開き戸の構造とデザインなど、ディテールには差異があり、その差異は製作された時代や地域によるものだそうです。「これは昭和30年代に埼玉の方で作られた箪笥ですよ。」などと箪笥職人さんは当たり前のようにさらりと説明してくださいました。また、とびきり自慢の箪笥らしく、両開き戸の下にある小抽斗を開閉すると音が出るものも。ハーモニカ箪笥と呼ばれているそうで、ハーモニカが埋め込まれてあり、箪笥の密閉性が高く全体の寸法の精度が均一で高いと、ハーモニカの原理で音が鳴る高い技術の証!です。職人さんの先代が製作されたもので大切にしていらっしゃる箪笥です。

箪笥ってそんなに奥深い世界だったとは・・・。箪笥から日本の生活文化の変遷の一部が垣間見られるような気がして少し調べてみましたところ、「和家具の世界」というとても興味深い貴重な文献に出会いました。著者の小泉さんは箪笥について次のように述べていらっしゃいます。

「ほとんどの家具は支配階級から始まっているのに対し、箪笥だけは民衆が生み出した家具である。ほぼ抽斗だけで構成されていることが特徴で、日本独特のデザインといってよい。これは日本の着物が直線構造のため、畳んで重ねて収納するのに便利だからである。」
小泉和子、2020、和家具の世界、河出書房新社、97

箪笥は江戸時代に生まれた家具で、明治になり全国各地で発展したそうです。材質は杉、桐、欅などで、その土地ならではの経済・文化などの社会的な背景により用途・形状・表面の加飾方法・金具のデザインなどが多様でした。仙台箪笥などは現在では国の伝統工芸品に指定され技術が継承されていますが、地方の箪笥の発展のピークは大正で、その後全国的に画一化が進み、材質は桐、形状は三つ重ね、加飾は白木に表面仕上げ、金具は真鍮のいわゆる「東京箪笥」を全国的に製作するようになったそうです。私がイメージする箪笥、とはこの東京箪笥(桐箪笥)そのものです。

東京箪笥にも変遷があるようで、中でも盆については興味深いです。三つ重ねの中間の上台の盆は、まだ西洋の箪笥が高級だった明治の始め頃、衣服の西洋化に伴い、洋服をたたんで収納するために考案されたもの。後に洋家具の洋服箪笥が普及したために、現在のように抽斗の中で重ねたくない着物を入れる盆になったそうです。

前述の職人さんが説明してくださったのは、そんな全国的に製作されてきた東京箪笥の中にも、時代や地域により、抽斗の数や盆の数や両開き戸の構造やデザインのディテールに差異があるよ〜、というお話だったのだと納得しました。

ところで、先代が製作された大切なハーモニカ箪笥には、引き戸の縁と戸の中の小抽斗の束に数寄屋風の木目の材が使われていました。素材は桑。これは職人さんの先代が指物技術を生かしたディテールへの拘りでしょうか。多分、全国で画一的に製作された東京箪笥の中には、箪笥の機能とは無縁なハーモニカや、指物技術を生かした数奇屋風の細工が他にも存在すると思います。

箪笥の世界は奥深いです。
全国には、着てもらえずにしまいこまれている着物がたくさんありますが、そのすぐ近くに箪笥もまたたくさんあります。着物を手放すと箪笥も手放します。嫁入り道具に箪笥を持って行かなくなった現代、衣類の収納はクローゼットが主流になった現代、新しい箪笥を製作しない修理だけする職人さんはどうなっていくのでしょうか。
着物のすぐ近くにある箪笥を通して、日本の生活文化の変遷を考えさせてくれる着物がたりです。

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