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第28話「世の中はコインが決めている」

 テレビのリモコンを手にしたあと、テレビがオフになる。一瞬だけ、静の空間が広がった。テレビを消したのは弓子さん。そして、彼女は僕の方を見て言いそびれていたことを話してくれた。

「正論くんから働いて何年と聞かれたでしょう。私、今のパン屋は二十代の頃から働いているの。だから、かれこれ十五年以上は働いているわ」

「結構長いですね。すると……」

「もう、年齢のことは計算しない。それでね、一つだけ気になっていたことを思い出したのよ」と弓子さんが笑いながら僕の肩を叩く。

「はじめくんが働いてる工場に、絵馬さんっていう女性が居るでしょう」

 まさか、絵馬さんの名前が出てくるとは思わなかった。だけど、よく考えてみれば職場まで必ず商店街を通る。だとしたら、絵馬さんがパン屋を利用しててもおかしくない。

「それで絵馬さんが何か?」と僕は聞き返した。

「うーん、恐らくなんだけど。あの人と私って歳が近いと思うの。勿論、絵馬さんの年齢は知らないわよ。でも、大体わかるでしょう。彼女を初めて見たのは今から十年前以上かしら。その頃、同じくらい年齢だったから、すぐに話す仲になったのよ。ほら、私って誰にもすぐに話しちゃうでしょう」

「ええ、それはわかってます。それが弓子さんの良いところですから」

「今のは褒め言葉として受け止めましょう。でも、数年経った頃かしら。ちょっと不思議と言うか、奇妙に思えてきたの」弓子さんはそう言って、ハイボールの入ったグラスを手にした。

 僕もつられてハイボールのグラスを手にして、残り半分を一気に飲んだ。十年前以上も前から絵馬さんは働いていた。昨日話したときは気にもしなかったけど、そんなに前から働いていたのか。

「不思議……その、奇妙に感じたってことですか?」と僕は訊いた。

「絵馬さん、十年前から全然歳を重ねていない感じなのよね。普通だったら歳をとるでしょう。そりゃ、なかには年齢より若く見える人はいるわ。でも、絵馬さんの場合は変。異常なほど変化がないのよ。私の勘違いかもしれないけど……」と弓子さんはそう言って、僕の顔をジッと見つめた。

「……変わってない」と僕は一人言のように呟いた。

「そうだ。ちょっと待って」と弓子さんはソファから立ち上がって、隣の部屋へ移動した。スライドドアが開いて隣の部屋が目に入る。やはり寝室のようだ、壁際にベッドが置いてあった。

 寝室でガサゴソ音が聞こえたあと、弓子さんが戻って来た。そして、ソファに座ってる僕に向かって一枚の写真を手渡した。写真に映っていたのは、パン屋の前でピースサインをしている弓子さんだった。

「十年前以上になるけど、私がまだ三十代の頃よ。その頃、絵馬さんと出会ってるの。彼女も同じくらいの年齢でしょう。だったら今は四十後半になってるはずだわ。そう考えたら今の彼女って……」

「驚きました。弓子さん、すごいスタイル良いすっね!」と僕は写真に映っている三十代の頃の弓子さんを見て、感想を言うのだった。

「こら、そこじゃないでしょう。話は絵馬さんがその頃と容姿が変化ないってところ!」

「ああ、そうでした。あまりにもスタイル抜群なんで」僕はそう言って弓子さんを見た。すると弓子さんが前屈みになっていたので、タンクトップの胸元が露わになっていた。

 思わず反射的に目をそらす。そのあまりにもボリュームある胸の谷間に、頬が熱くなった。ついつい目がいってしまうのは男の性である。

 だが、これで絵馬さんの奇妙で不思議なことはわかった。だったら、僕が見たアレは何だったのか!?

第29話につづく

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