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第37話「蛇夜」

ヒビ割れた窓硝子を開けて、僕は心もとない月の光を部屋に差し込んだ。黒土山の麓から下りて、戻って来た場所は集落。そのうちの一軒の家で話を聞くことになった。初めからここで話すつもりだったのか、囲炉裏のある部屋に通されると、美玲さんが囲炉裏に火をくべた。


予め薪も用意されていたし、手際の良さに経験者と思わせる。パチパチと薪の燃える音が聞こえ始めると、美玲さんは囲炉裏の前に腰を下ろした。僕も向かい側に座るなり、これまでの経緯を話した。


「僕の友人で羽鳥という男から依頼を受けた。依頼内容は知ってると思うけど、日比野鍋子の死に関してだ。彼女の死体が発見されたのは一ヶ月前。住んでいたマンションの部屋の前で亡くなっていた。その亡くなり方が奇妙だったので、羽鳥は気になって調べて欲しいと僕に依頼を頼んできた」と僕は簡単に、これまでの経緯を説明した。


「そうね。その話は知っているわ。だけど実際は、日比野鍋子さんは死んでいない。発見されたとき、彼女はすでに生まれ変わっていたのよ」


「それは脱皮したと、受け取って良いのか?」と僕は調べる原因にもなっていた、彼女が皮だけを残して亡くなったという意味を込めて訊いた。


「爬虫類が、脱皮することは知ってるでしょう。つまり、彼女は脱皮して新たな自分に変態したのよ。それが儀式にとって、大事なことだったから」美玲さんはそう言って、手のひらを僕の前に差し出した。


差し出された手のひらの上に、赤茶色の鱗があった。これを出されたということは、日比野鍋子が蛇になったという意味である。だけど、そんなことが現実にあり得るのか?人間が蛇に変態するなんて!


「だったら彼女は、儀式のために、蛇になることを望んだ。にわかに信じ難い話だけど」


「そうね。普通に考えたらそうでしょう。でも、現実に日比野鍋子さんは蛇になった。正確には、蛇に近い身体と言った方が正解なんだけど」美玲さんはそう言って、囲炉裏の炎を眺めるように視線を移した。


彼女の瞳の中で揺らめく炎。真夏の夜に囲炉裏なんて、季節外れもいいところだけど、不思議と部屋の中は暑くもなく、薪の燃える音だけが耳の奥に聞こえていた。


「本題に入りましょう。まず、黒土山で行われている儀式。何故、この奇妙な儀式を、女だけが知っているかと言うこと。そして、日比野鍋子が蛇に変態した理由。この二つは大きく繋がりを持っています。草餅さん、いきなりですが、御結婚されてますよね」


「あ、ええ、しています」と僕は答えた。だけど、美玲さんと一夜を共に過ごそうとしていたので、心の中で後ろめたい気持ちになった。


「気にしないで下さい。私も結婚してましたから。因みに、日比野鍋子さんは独身でした」


正直言って、美玲さんが結婚をしてるという発言は驚いた。まさか、結婚してるなんて思いもしてなかったからだ。

だけど、何故、そんな告白をしたのだろうか?


それと、日比野鍋子が独身なのは、何か儀式と関係があるのか!?


「今から二十年前以上の出来事です。当時、日比野鍋子さんは小学四年生でした」


美玲さんは語り始めた、日比野鍋子の幼少時代の出来事。そして、この物語を語ることによって、秘密のベールが明らかにされるのだった。


第38話につづく

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