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第16話「蛇夜」

懐かしい山道を十五分ほど歩き続けると、目的地である黒土山の麓へ到着した。麓を登り切ると手前に焼け焦げた鳥居が見える。朱色の美しい鳥居だったけど、数年前に起きた山火事で半壊している。頂部は焼け落ちて左右の柱だけ残っている状態。足元の石部分は焼け焦げて真っ黒い。まるで黒い足に見えなくはない。


当時、村の消防団が必死になって消化活動をして何とか鎮火したが、町から消防車が遅れた為、被害は大きく村唯一の神社は燃えて倒壊した。山火事が原因と言われているけど、村の人間たちは詳しい調査を政府に頼まなかったと、ごく一部の大人たちが噂をしていたのを耳にした。


そんな噂を信じた訳ではなかったが、村唯一の神社を建て直すこともなかったし、半壊した鳥居もそのままで手を付けなかった。そんなこともあり、ウチの親父は村の村長に対して不信感を持つようになったらしい。

高校生になったとき、不意に母親から聞かされた。


だから、俺も少しだけ変な話だな。そんなことを思ったが、その頃には黒土山で遊ぶ年齢でもなく、へぇ、ぐらいの気持ちだったに違いない。今なら確かに妙な話だと思うけど。


とにかくそんな曰く付きの鳥居なんだと思い出した。と言っても、大人になった俺の記憶であり、鍋子と黒土山へ行ったとき、そんなことは微塵も思っていなかった。目的はあくまでも真夜中の黒土山で、祖母を含めた村の女性たちが何をしているかなのだ。


朽ち果てた鳥居をくぐり、俺と鍋子は神社の建っていた場所を眺めた。誰かが居たという形跡はない。祖母や鍋子の母親はどこに居る?


「今夜は天の川が見えへんな。曇ってなんも見えへん。夢川くん、今年の短冊、何を願った?」と鍋子が水墨画のような夜空を見上げて訊く。


「短冊?そんなん願ってへんよ。そんなんより、おばあ達はどこにおるんやろか?」と俺が言った瞬間、雑木林の方から数人の話し声が聞こえた。


「オカンたちや!早よ、隠れよう」と鍋子が雑木林の方から、竹林の方へと俺の手を取って走った。


転びそうになりながら、俺たちは竹林の陰へ隠れると近づいて来る人たちへ見つからないようにしゃがみ込んだ。

夜の黒土山は静寂に包まれていたが、時折、山の暗闇から獣の鳴き声や足音が聴こえた。


雑木林からやって来た数人の大人たちが視界に入る。先頭を歩いていたのは俺の祖母だった。その後ろを村長の奥さん。他にも何人か知った顔のおばさん達が含まれていた。

もちろん鍋子の母親も居る。ざっと十三人の村の女性たちが、真夜中の黒土山に集まっていた。


一体、何のために!?


「なんやろう。ウチのオカン、手になんか持ってるわ」と鍋子が顔を近づけて言う。仄かに石鹸の香りがしてドキッとするのだった。こんなに密着するなんて、この年齢なら恥ずかしくて顔が火照る。


一方、鍋子の方は普通に話す。変に意識をしてるのは俺の方なんだろう。

鍋子の格好は肩紐の半袖に紺のスカート。背は俺より低いけど、小四にしては胸の膨らみが明らかにあった。横に並んでしゃがみ込む鍋子。チラッと横目でその小さな胸の膨らみに視線が行ってしまう。


こんなときに俺は変に意識してしまってる。目的が変わりそうだ。何か期待していないか?自分自身の心に問いかけては、この状況に対して気持ちが散乱していると自分自身でわかっていた。


「ちょっと夢川くん?聞いてるん。ほら、見てみいや。ウチのオカン、何か持ってるやろ」と鍋子が俺の腕を揺らして聞き返した。


我に返って鍋子の母親を見る。暗闇ではっきりと見えないが、確かに手に何か細長いものを持っていた。

なんだろうか?そう思ったとき、鍋子の母親が持っているものが角度を変えた。


「あれって、」と俺はそのシルエットに言葉を失った。


鍋子の母親が手に持ってたもの。それは草刈りに使う鎌だった。真夜中の黒土山で草を刈るとは思えない。

しかも、鎌を持っているのは鍋子の母親だけ。他の人たちは背中に大きな籠を背負っていた。息を殺して、真夜中に集まった大人たちを観察する。


「なぁ、夢川くん。空見てや」と鍋子が俺の袖を引っ張った。


顔を上げて夜空を見上げる。水墨画のような雲がゆっくりと消滅するように消えていく。黒土山の麓に月明かりが射し込んで、大人たちが集まった場所を照らし出した。


大人達もこの瞬間を待っていたのか、全員が夜空を見上げて、空に浮かぶ星を仰いだ。


そして、その中の一人がよく通る声で言葉を発した。


「儀式を始めましょうか」


その言葉に、俺は無意識に心が揺さぶるのだった。


第17話につづく

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