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第1話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

成人式を迎えたこの日、僕と君は大人たちの会話に耳を塞いでいた。何もかも歪(いびつ)な風景が、哀しみや喜びを捻り殺して、僕と君に引っ掻き傷程度の跡を付けたんだね。


誰かの噂をするように、囁き声が生きる人たちへの暴言にも思えた。白い息を吐くたびに、肌へ突き刺すような寒さが染みるようだった。腕時計は手錠みたいな冷たさで、ゆっくりとトキの刻みを進めていた。この出来事から数日後、僕たちは運命的な出会いをするのだった。


潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く。


そんな言葉が似合う出会いなんだろう。きっと、思い出と忘れた記憶の違いはないと、僕は昔からそんな風に思っていた。今でもその考えは変わっていない。

彼女はどうなんだろうか?その辺のことは後々聞くとしよう。まずは、僕たちの出会いから話そう。これは、僕たちが二十歳を迎えた日から始まった物語である。

僕たちはまったくの赤の他人で知り合いでもなかった。

そんな僕たちが、二十歳という節目で大人たちの仲間入りを果たすのだ。それは僕にとって、汚い出来事だったかもしれない。薄汚れたシャツを何度も洗っても、染み付いた汚れは落とせない。

今思えば、僕の心はそんな例えが合うだろう。彼女はわからないけど。


物語の始まりは一月十五日の夜。僕は一人、明かりの消えた部屋で閉じこもっていた。


昨晩の初雪が、うっすらと道路に残っていた。走り去った車のタイヤの跡が暗闇の向こうへ、幾重にも交差して走っていた。

結露した窓ガラスに手のひらを合わせ鏡みたいに重ねた。冷たい感触を脳に感じて、僕は滴る結露の雫を見つめていた。

指先から手首に埃の混ざった水が滴り落ちる。去年の年末掃除をサボったのを思い出した。


薄茶色に濡れた手のひらを見つめながら僕は明日の成人式について考えた。後ろを振り返り、無言のクローゼットの中でぶら下がるスーツを思い浮かべては、おとついの夜、母から手渡された一兆欄のスーツが思い浮かぶ。

決して裕福な家庭ではなかったけど、明日の成人式のために母親が用意してくれた。裕福じゃないのは理由があった。僕が物心つく前、両親が離婚をしていたからだ。

従って、僕は父親の顔さえも記憶としてなかった。それに関しては、特に自然と気にしていなかったし、父親について母から聞こうとも思わなかった。


ほとんど家に居なかった。としか言わない母親。だから、僕もそれ以上は聞かない。その話を終わらせた。

だけど、二十歳を迎えるに至って、妙な好奇心が湧いたのは事実だった。濡れた手のひらをテッシュで拭いて、成人式を機に変わらなきゃと考えた。


これまでの人生を振り返ると、僕には足りないものばかりだった。目立つことを恐れて、陰を表情に出しながら生きてきた。傷つくことが怖かったかもしれない。欠けた心をさらけ出す勇気がなかったんだろう。

僕は宛てのない道を歩く。傷つくことを恐れ、陰を仮面に幽霊となる。

恐れとはなんだろうか?答えを知ることかもしれないし、答えを知らないことも当てはまるだろう。


結露の雫を見つめていたあの瞬間、僕は明日の成人式と別に、他の考えがあったのだろうか?

その答えに辿り着いたとき、僕は一人の女性と出会うことになった。


第2話につづく

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