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第67話「世の中はコインが決めている」

 玄関前に立っている縁日かざりの姿を見た瞬間、僕は無意識に息を殺していた。信じられなかった。まさか、こんな朝早くから現れるなんて!

 しかも、彼女は玄関前から動くことなく、ジッとこっちを見ている。ドア越しから僕が見ていることを知ってて、わざと動かないでいるのか。正論くん、僕たちは彼女の行動力を侮っていたようだ。

 彼女が動かないように、僕も覗き穴から動けないでいた。少しでも動いてしまったら、何かが起きてしまいそうで動けないでいるのだ。

 どうする?どうすればいい!?

 迷っている間にも、彼女は最悪な行動に移るかもしれない。頭の中でよぎったのは、隣の狛さんの部屋を訪ねそうで不安になったのだ。

 しかも、僕は鍵もかけずに出て行ってしまっている。不安になった理由として、僕が隣の部屋から出て来たのを、彼女は見てる可能性があったからだ。

 僕の部屋の前に現れたタイミングを考えても見てる可能性は高い。いや、確定かもしれない。だったら、ここはドアを開けて出て行くしかない。

 意を決して、ドアを開けようとしたときだった。縁日かざりが横を振り向いて、驚いた顔をした。後ずさりして気まずそうな表情になったのだ。僕はその状況を見届けた。すると、一人の男性が縁日かざりに向かって話しかけてきた。

 正論くん!正論くんが現れたんだ!!

「あれ、鳥居くんの知り合い?」と正論くんが堂々とした態度で縁日かざりへ喋っている。

「鳥居くんのツレなんだけど、昨日の夜から泊まっててさ。朝ごはんが無いって言うから、コンビニで買ってきたんだ。彼に用なら呼ぶけど」正論くんはそう言って、覗き穴から見ている僕へ向かって、コンビニ袋を持ち上げた。

それを見て僕は覗き穴から後ろへ移動した。縁日かざりはバツが悪くなったのか、駆け足で立ち去って行く。

 すると、ドアがゆっくり開いて正論くんが部屋に入って来た。

「……正論くん」と僕は明らかに困って言葉が出てこない。

「詰めが甘いなぁ。だから言ったろ。狛さんのそばを離れるなって!心配になって早朝から見張ってたんだ。案の定、縁日かざりがマンションへ入って行くのを見たからね。とりあえず君は、狛さんのところへ戻れ。彼女が戻って来ないという保証はないからね」と正論くんが僕の肩を叩いた。

「ごめん、恩にきる」と言って、僕は慌てて狛さんの元へ向かった。

 再び狛さんの部屋へ戻ると寝室を覗く。もちろん狛さんは無事である。今回は正論くんに助けられた。これで、縁日かざりは相当に危険人物だということがわかった。

 早く、なんとかしなければ……

 この日、正論くんの案で、一日中狛さんの部屋で過ごすことになった。こんなんじゃ、部屋から出ることもできない。何の解決策も浮かばないまま、一日は過ぎていった。

第68話につづく

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