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第4話「蛇夜」

社内が真っ暗になっても、背後から奇妙な音は聞こえ続けた。


ガキン、ガキン、ガガ……ガキン

シューシュー、シュー……!?


音が変わった。耳に聞こえた音は、まるであの呼吸音のようだ。間違いなら良いけど、テレビなので聞いたことのある音。条件反射であの呼吸音は背筋をピンとさせる。しかも私の背後から聞こえる時点で、狙われてるのは私以外にいない。まさかと思ったけど、昨夜の蛇は羽鳥武彦なのか!?


嫌な呼吸と金属を小刻みに叩いたような音は、だんだんと私の背後へと迫って来てるようだ。突然、真っ暗になった社内は視覚を奪う。まだ暗闇に慣れていない。一寸先も闇である。両足が床に接着剤で固定されたように動けない。


このままでは食い殺される?


「驚いたな。誰かの悪戯ですかね」


背後の暗闇から彼の声が聞こえて、目の前の扉へ手が伸びた。鼻先に彼の匂いが触れる。私の背中越しから彼が扉を開けてくれたようだ。カチャっと扉が開いて、廊下の灯りが部屋を差し込んだ。私は視線を動かして、その伸びた指先を見つめた。毛のない綺麗な細長い指が扉を押している。私の肩ごしに彼の吐息を感じたとき、やっと恐怖から解放された。


「行きましょうか」と彼は優しく言ってから、そっと私の肩へ手を触れながら廊下へと促した。


暗闇の恐怖が一瞬でドキドキに変わった。奇妙な音や照明が消灯されたことも忘れてしまう。それほど彼の行動に胸を焦がした。廊下の灯りで安心させたのか、私は少し早足で歩いてから後ろを歩く彼の方へ振り向いた。


すると、彼は口元を拭っていた。


一瞬、何か変な行動だなと思ったが、すぐに済ました表情を見せたので、私は視線をズラしてから「帰りましょうか」とだけ言葉を返した。


なんだろう?この奇妙な違和感は……


誰も居ない廊下を歩いて、私たちは管理人室の前を通る。彼が警備員の人へ会社の鍵を渡したのを見てから、私は会社の外へと先に歩き出した。妙な違和感は気のせい。気のせいだと言い聞かせるように。

外へ出ると、彼は軽く会釈して駅前の方へ歩き出した。私と帰る方向が逆だったので、聞こえるか聞こえないほどの声でお疲れ様でしたと口にした。都会は夜のネオンを灯している。明るい道はホッとさせてくれたが、彼の背中を見送りながらも、数分前の出来事に首を傾げた。


昨夜の蛇事件から、私の周りで奇妙な出来事が起きている。それだけは確かだったけど、答えのない自問自答みたいに答えはでない。残業で疲れているのか?あの給湯室で見つけた赤茶けた鱗は何だったのか!?ハッキリしない出来事に、私の心はスッキリしないまま、帰路への道を歩くのだった。


会社からマンションの帰り道、私は深夜スーパーに寄った。彼から食事の誘いはなかったけど、少しだけ話せたことに喜びはあった。あの毛のない細い長い指だけで、今夜は久しぶりにデキソウな気がする。デキソウ。いや、私はきっと想像しながら性を満たそうとするだろう。


私はスーパーに入ると、一直線に惣菜コーナーへ向かった。腕時計で時刻を確認すると、深夜の十時五十分を過ぎていた。時間帯も遅かったので揚げ物は売り切れて、不味そうな海苔弁だけが売れ残っている。仕方なく不味そうな海苔弁を手にして、さっさとレジを済まそうと早足で歩く。


レジに向かう途中、奥にある卵コーナーへ視線が動く。冷蔵庫に卵が無かったような気がする。向きを変えて卵コーナーへ歩く。何気に卵料理だけは好きなのだ。スーパーに客はおらず、店員の姿も無かった。いつもより遅い時間だったので、こんなもんだろうと思い、さほど気にしなかった。


卵コーナーが視界に入ったとき、卵が陳列されている棚の前に一人の老婆がしゃがみ込んでいた。白髪で背中が曲がっており、後ろから見てもかなりの高齢者とわかる。老婆はしゃがんで何をしているのか?卵がどれだけ新鮮なのか確かめているのか?


それとも具合が悪くて、その場でしゃがみ込んだ!?


私はその背中の曲がった老婆へ距離を縮めた。すると、不意に老婆が頭を上げて私が近づくの感づいたのか、ゆっくりと腰を上げて立ち上がった。


ミタ……ノ……!?


突然、老婆が声を出した。その声は驚くほど野太い声で、私は無意識のうちに立ち止まってしまった。老婆は首だけを動かして、目の前で信じられない光景を見せた!なんと首だけが背中側へ鈍い音をさせながら回った!


ひゃあ!


思わず声を上げると、老婆は口の中で幾つもの卵を飲み込もうしていた!信じられないが、卵を丸飲みしようとしているのだ。皺だらけの顔、真っ黒い瞳には、黄色い細長い線が縦に刻まれたように亀裂が入っている。


まるで蛇の目玉。


ミタラ……ダメ……


見たら駄目と言ってる!?

見てしまったら駄目って意味なの?卵を丸飲みする老婆。私は恐怖で海苔弁を床へ落とすと、一目散に走るのだった!


何か、何か奇妙なことが起きてる。


第5話につづく

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