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第59話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

四月の第一週が過ぎた頃、僕は疲れた身体と心を癒すために、静寂すぎる図書館へ足を運んだ。この一週間、バイトが休みなしで入っていたせいだ。理由は三月の終わり頃から、体調不良で朋美がずっと休んでいた。

朋美とは一週間以上会っていない。心配もしたが、僕も僕で色々と忙しかった。実はこの四月から美鈴と同棲生活を始めていたのだ。それはごく自然な流れだったし、僕と美鈴は同じ生きる道を選んだと思っていた。

そんなこともあり、朋美とは連絡さえもしなかった。


それに、今月から新しくバイト採用された人が来るので、僕は久しぶりに一日休みをもらえた。新人のバイトは主婦の方で、調理師免許を持っているとマスターから聞いていた。

だから、厨房の方も手伝ってもらえると、マスターは喜んでいた。確かにマスターだけで、厨房をまわすのは大変だったからだ。タイミング的にまだ会っていないが、とても気さくで感じの良い人とマスターは言っていた。


これで朋美も戻れば、僕も少しは余裕をもって時間が取れるだろう。

何しろ、専門学校を卒業した今、就職先を探さなくてはならなかった。いつまでもフリーターを続けるつもりはない。

いい加減、僕も職につかないと。


美鈴と同棲を始めたこともあった。この先、二人のことを考えると僕も会社に勤めて、社会へ飛び込まないとならない。正直言って、僕にとっては一番辛い活動だろう。二十歳になるまで、僕は目立たないように生きてきたからだ。

生きるために、ホントの自立をしなければならない。避けては通れない道であった。


上野駅に着いて、陽射しの強い公園を通って静寂すぎる図書館へ向かって歩いた。平日の昼間はウォーキングする人や写真を撮る若い女性や、様々な人々が公園で過ごしていた。

四月にしては夏場のような暑さで、長袖のポロシャツを着ていた僕は、徐々に額へうっすらと汗を滲ませていた。

図書館は今回が三度目であった。あの夜以来、千夏先生とは会っていない。だから、久しぶりだった。僕が図書館へ行こうと思った理由、それは数週間前に体験した不思議な出来事を、千夏先生に話したかったからだ。


もちろん、これで答えが出るとは思っていない。ただなんとなく、千夏先生には話しを聞いて欲しかったのだ。

僕なりに考えた、あの言葉の意味を。


博物館を通り過ぎて、僕は静寂すぎる図書館の前に来ると立ち止まった。そして、ちょっと考えてから、裏口へ歩く方向を変えた。何気無く裏口を覗いたら、僕は自然と裏口に続く道を進んだ。

もしも、鍵のない扉がもう一つ存在していたら?そんなことを考えてしまったのだ。もちろん、裏口の扉が開いてるとは思っていない。

普通に考えたら、閉まってるに違いない。


だけど、現実は僕の予想を遥かに超えていた。裏口はゆっくりと音もなく開いたのだった。


第60話につづく

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