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第72話「世の中はコインが決めている」

 僕が現れることによって、縁日かざりの第一声はなんだろう。そんなことを思いながら彼女と目を合わせた。

「……はじめくんだよね」と縁日かざりは澄ました顔のまま言った。

 驚いてる様子はなかった。顔に出さないように意識してるのか、とにかく澄ました顔を維持して、僕の背後を覗くように見た。

「私、部屋を間違えたかしら?」と縁日かざりが表情を変えて言う。

 表情を変えたと言っても、目の奥は笑っていない。僕にはそう見えたし、怒りさえも少なからず感じた。薄っすらとおでこに血管が浮いてきそうだ。

「間違えてるよね。僕は隣の部屋。ところで何か用なの?」と言い方としては、僕に何か用があるのか、狛さんに用があるのかを含めての言い方だ。勿論、相手の出方を確認するためだった。

「はじめくんに用があって訪ねたの。でも、私ったら慌てて部屋を間違えたみたいね」

「そうなんだ。こないだ訪れたのに間違えるかな?まぁ、良いけど。それで何の用?」と僕は聞き返した。

「……笑わない?」

「それって前フリ?」

「前フリじゃないよ。もう、はじめくんふざけないで!」と縁日かざりが急にぶりっ子な態度をとった。まるで、さっきまでの態度を誤魔化すみたいだ。

「あのさ、ここで話さなきゃいけないの?」と縁日かざりは僕の背後を気にしている。やはり部屋の中へ入って、どうしても確認したいんだろう。

「実は留守番を頼まれていてね。ここじゃなんだから、僕の部屋へ行こう。二人っきりの方が良いし」僕はそう言って、縁日かざりに待ってもらった。

 ドアを閉める瞬間、縁日かざりの目が一瞬だけ鋭くなった。留守を頼まれる間柄に嫉妬したのか、それとも留守なのを残念だと思ったのか。どちらにしても部屋へ上がらせるわけにはいかない。

 ドアを開けて、部屋の鍵を閉めると隣へ行こうと誘った。前回、無理矢理部屋に上がってることもあって、縁日かざりは遠慮することなく、僕の部屋へ上がって行った。

 さて、ここからどうやって、彼女に罪を認めさせる。正論くんは、僕なりの行動すれば良いと言っていたけど、実際ところ、策は決まっていない。ノープランで彼女を迎えたのだ。

「それで、何の用だったの?」と僕はソファに座り込んで縁日かざりへ訊ねた。

「笑わないって条件だよ」

「わかったよ、笑わないから」

「あのね、大学生の頃、はじめくんと初めて出会ったでしょう。あの頃、大学生活が不安だったし、なかなか友達もできなかったの」

「そうなんだ。僕の印象はサークルの先輩たちと、随分親しげに話す君を覚えてるけどな。友達がいないのは寧ろ僕の方だよ」と僕は言い返した。

 こうして僕は、縁日かざりと出会った頃を思い出すのだった。

第73話につづく

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