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第31話「蛇夜」

翌日、午前中から調査へ行こうと計画していたが、雫の体調が優れない為、結局夕方過ぎから黒土山へ行くことにした。全くあれほど注意したのに飲み過ぎるからだ。


仕方なく、僕は一人で昼間から宿屋の仲居さんへ聞き込みをしていた。そこで黒土山の関係者を見つけ出した。

その人の話だと現在、黒土山の麓の集落は人が居ない。時代の流れで若者たちが村を出て行った為、高齢者だけの村になり、やがて高齢者たちも街へと住処を変えた。そんな話は良く聞く話である。


「へえ、それじゃあ、昨夜の美玲さんって人は集落出身なんだ。でも、不思議な繋がりじゃない。亡くなった日比野鍋子も同じ集落の出身だった。これって何かあるわよね?」


「もしかしたら、袴田美玲と日比野鍋子は知り合いかもしれない。仲居さんの話だと、集落が無くなったのは五年ほど前、今では誰も山に近づく者は居ないらしい。つまり、袴田美玲は嘘をついていることになる。自分の故郷でもある集落が無い今、彼女は何しに帰ってきたんだ?」


「しかも、宿屋に泊まっていなかった。お兄ちゃんの話を百パーセント信じるとして、彼女は突然姿を消した。それに奇妙な言葉を言った」


「ああ、僕のことを選ぶと。意味はわからないけど。あの夜、僕に危険が迫っていたのは間違いないと思うよ。相棒が電話をしてこなかったら、あのあと、どうなっていたのか」


「ふーん、何をしてたんだか」と雫が疑いの目をして言う。


こういうとき、ホントに女性というのは勘が鋭い。まさか、一夜の過ちを犯そうなんて言えない。雫には飲んでる席で、相棒から電話があって話をしてる間に居なくなったと言っている。それと、部屋が従業員専用に入れ替わった。そんな不思議な出来事が起きたと説明した。


まあ、不思議なことはもう一つ起きている。部屋に戻って来たとき、僕たちの泊まっている部屋の窓に張り付いていた人物だ。そもそも、それこそが一番不思議で奇妙な出来事だろう。目撃したから信じるしかない。


バケモノ、もしくは異形な人間。


「それで相棒さんの情報って?」


「ここへ来る前にお願いしてたんだけど、日比野鍋子の出生だよ。集落の出身ってのはわかった。あとは家族構成とか、いつ頃に上京したのか。僕が思ってことなんだけど、今回の奇妙な事件は幼少時代に過ごしたことが関係してると思うんだ。袴田美玲の件もそうだけど、彼女が現れたこともタイミング的に奇妙だろう。つまり、日比野鍋子は集落に住んでるとき、何かを見たんだ」


「それって、お兄ちゃんが羽鳥さんの会社で聞いた声」


「ご名答!見たらダメと謎の女性の声が聞こえた。つまり、日比野鍋子も袴田美玲も、見たらダメと言われてるものを見た可能性があるってことだ。それが今回の、奇妙な事件を解く鍵になってると思う」僕はそう言って、東京から持って来た荷物をチェックした。


「なんだかお兄ちゃん、目が輝いていない?」と雫が訊く。


「そりゃそうだろう。僕は興味あることがあったら、とことん追求するつもりだ。そこに謎がある限りにね」


「あのさ、一様聞いておくけど。もしかしてお兄ちゃん、見たらダメと言われてるものを見るつもり?」


「もちろん!ダメと言われたら見たくなるもんだろう。それに、僕は選ばれた人間だ。今さら逃げることもできない筈だ。だったら、正面からぶつかってやるさ!」


こうして僕たちは、夕刻の空が暗くなる頃、黒土山へと向かうのだった。


第32話につづく

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