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第2話「アネモネ」

『無言の交差点』と呼ばれる場所がある。都市伝説の類いでもなく、本当に存在している交差点だった。噂はあっという間に広がり誰もが確認しようと『無言の交差点』を探したと言う。僕の友人もその中の一人だった。

暇を持て余していた僕は、友人に誘われるまま『無言の交差点』の確認に付き合うことになった。その日、朝から灰色の曇り空に覆われていた。今にも降りそうな空だったので僕は傘を持参して待ち合わせ場所に向かった。

都心部から少し離れた駅前で下車すると、迷いながら待ち合わせ場所の掲示板を探した。初めて降りた駅だから仕方がない。待ち合わせ時間に五分遅れて到着すると、掲示板の前で友人が手鏡で前髪をチェックして待っていた。

「前髪気にしてるようだけど、何も変わってないよ」と僕は皮肉っぽく言う。

「それは君が私に興味ないからだよ。こう見えて、私って可愛い方なの。知らないのは君とカルマぐらいよ」と樹里が言い返すのだった。

樹里と知り合ったのは飲み会の席。樹里が僕の友人のカルマと一緒に居たときのことだった。第一印象は大きな声で喋る女の子だと思った。カルマに言わせれば、酔ったときの方がタチが悪いと教えてくれた。

樹里とカルマがどこで知り合ったのかわからないけど、何回か遊んでいくうちに仲が良くなった。

「ここの駅から近いの?」

「歩いて十分くらいかな。でもさ、ホントに無言になるのかしら?」

「わからない。噂話だから信憑性は低いと思ってる」

「君はホントにつまらない男だな。男のくせにロマンってのが無いのかい?」

僕は知っている。浪漫を追いかけて命を落とした人。最終的に哀しむのは周りの人間たちということも。残された人は、永遠に落ち続ける砂時計を見せられるようなもんだ。どれだけ待ち続けても終わることのない時間。

あいつは終わることのない時間を選んだ。どんな浪漫が見えたのか知らないけど、僕は永遠に落ち続ける砂時計を見ていた。

「カルマは信じると思うけどな」と樹里が呟くように言った。

話の腰を折るのも嫌だったので、僕は聞こえないフリをして半歩後ろを歩いた。樹里の方も独り言と片付けたのか、話を続けることなく歩くのだった。

本気で聞こえるように言ったのか、ただの独り言なのか表情が見えなかったので知る由もない。駅から歩き続けて何分経ったのか、道案内をしないナビみたいな樹里が立ち止まった。

「あのさ、多分あってるんだけど。少し話さない。君の意見を聞いてみたいの」

「どっちでも良いよ。でも、悩み相談は苦手だけど。樹里が納得できるようなアドバイスは無理っぽいからね」

「意見って言ったでしょう。例え悩みがあったとしても君に相談なんかしないよ」

それは確実とも言えるほど正解だった。世界が大変なとき、僕は周りの人間が呆れるくらい興味を持ってない風に見えているからだ。

だけど、そんな風に見られているとわかっていながら、僕は他人の目を気にしているのだった。つまり人は見かけによらぬものってことなんだ。

『無言の交差点』へ行って確かめるのが本来の目的だったけど、僕たちは喫茶店に入ると話し合うことにした。

「あくまでも私個人の考えなの。正解も不正解も無いと思う。だから、君の意見を聞いて参考程度にしたいと思うのよ」

「参考程度ね」と僕は言ってから、店員が持って来たコーラフロートを掻き回した。

夏の残暑が厳しい昼過ぎ、樹里は冷えたメロンソーダをストローで飲んだあと、僕の顔を真っ直ぐ見て話を始めたのだった。

第3話につづく

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