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第42話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

冷蔵庫の中にぎっしり列べられた缶ビール。酒好きなのは前回の歓迎会でわかっていたが、常備これだけの数がストックされているのには驚いた。


「海野くん勘違いしないでよ。実家が酒屋なの。だから送ってくれるのよ」


「そうなんだ。それはそれでありがたいね。酒代が浮くもんね。僕はてっきり、北城さんが酒豪で酒好きな人だと思ってたからさ」


「もう、こないだの歓迎会の話はしないで。もうすぐ焼けるわよ」と照れた顔して言う。


そんな表情を見て、僕は普通に可愛いと思ってしまうのだった。二人っきりの空間に僕は自然と落ち着いていた。一枚のお好み焼きを二人仲良く食べるなんて、まるで恋人同士みたいで勘違いしてしまう。

彼女は天然なのか、自然な仕草で僕の肩や手に触れる。腕を組んだりすることもあった。ポニーテールを揺らしながら、無邪気に笑う彼女。僕の気持ちは心地良い感覚を感じていた。


「ねえ、まだ食べる?私はもう一枚も無理なんだけど」と鼻の上にソースを付けた彼女が言う。


「北城さん、鼻の上にソースが付いてるよ」僕が指を指して教えてあげた。


「やだ、恥ずかしい」彼女は指先で拭き取ると、人差し指を唇で舐めた。


きっと、なんてことない仕草だったのに、僕は頭の中でいやらしい想像をしてしまった。歓迎会の夜、雛形朋美の部屋で見てしまった彼女の裸。あれは幻に近い場面だった。だから、彼女の裸を覚えているかと言えば、正直なところ記憶としては薄かった。

あんな状況だったし、ぼやけた印象しかない。こんなときに何を想像してるんだろう。僕はいつの間にか、彼女との会話に夢中になっていた。三角チーズを齧ってはビールに酔う。

あれやこれを聞かなきゃ。僕の頭の中は思考と別に、彼女を一枚一枚脱がしていた。大胆にも彼女が隣に座って、僕との距離を縮めるようだった。

実際、自然と距離なくゼロに近い間隔へ近寄った。


「海野くんの声が好き。一目惚れしちゃった」不意に彼女は告白して、僕の肩へ頭をのせた。


まったく重さを感じない彼女の寄りかかりに、僕は三角チーズを確かめたくなった。肩を抱くようにして、彼女を引き寄せて見つめた。会話は無かったような気がする。

心ではたくさん会話をしたようにも思えた。苦しいキスと情熱的なキスの違いは何なのか?寄りかかる彼女を引き寄せて、僕らはキスへの一歩を踏み出した。


これは現実的な場面よりも、現実と妄想を混ぜ合わせたような場面だった。キスの音を聞いて、水を吸い上げるように茎の硬さを感じていた。

これ以上のハードルを超えてはいけない。僕は別の思考で考えた。それでも止まらなかった場合、僕らは超えてしまうのかもしれない。


キスの行進は、蟻の行列みたいに続くのだった。

手の届く距離にベッドはある。今か今かと待っている。それは、僕の中で想像した声と理解している。ゆるやかなキスに彼女の吐息が荒く感じた。ある夜、僕らは一歩手前で終わっている。

彼女は何も覚えちゃいない。だけど、僕は覚えちゃってる。『一目惚れしちゃった』なんて言葉は反則だと思う。

だから、これは仕方が無い感情なんだ。三角チーズの中身が濡れた頃、僕らは一歩一歩と体温を重ねようと、キスのワルツから情熱的なダンスを踊った。


少しでも拒否したらやめよう。別の思考で行動しようと手のひらは動いた。壊れやすいシャボン玉を触るように、僕は彼女のブラウスの上から、胸元へ触るか触らないかぐらいに添えた。

それは、僕なりの遠慮だったと思う。知り合って三日目の女の子に、僕は一歩手前を越えようとしているのだ。

せっかく、初めての友達をこんな風に求めていいのだろうか?


『一目惚れしちゃった』なんて言葉に調子こいて行動してしまっている。キスを重ねようと、彼女はそれ以上はまだ考えていないかもしれないのにーーーー嫌われるかもしれない。


頭の片隅でふと思っては、胸元に添えた手のひらが動くことはない。だけど止まらないキスに、僕の下半身は熱くなっていた。彼女の吐息を舌と舌で絡ませた瞬間、僕の手のひらは本能で動き出した。

彼女の胸に触れたかった。彼女を裸にして、茂みの森へ深く入りたかった。キスから始まる行為に、彼女は拒むこともなく僕の背中へ手を回した。


合図を頭の中で分析しては理解する。手のひらで感じた下着の感触から、本能のままに押し倒した。唇を離して、僕と彼女は言葉を交わすことなく見つめ合った。

ほろ酔いの頬が、ほんのり桃色に染まり、彼女の唇に再びキスの蓋をする。サンドイッチの中身は熟れたトマトと新鮮なレタスで彩られた。ブラウスのボタンは糸がほつれたように外されると、淡い水色の下着が目に映った。

彼女は僕の手を掴むと、上半身を起こしてベッドへ座った。見つめ合う瞳から目を逸らそうと思っても無理だった。はだけた上半身に、色気を感じて彼女の服を脱がしたいという気持ちで溢れていた。


ブラウスを肩から滑らせるように脱がす。水色のブラジャーのフックを外して露わになった胸に触れた。小さな胸に、ピンク色の乳首はかたくなっていた。

彼女をベッドへ押し倒すと、僕たちは求め合った。灯りは消されて夜の誘いへと溺れるのだった。


真っ暗な部屋の中、二人は一番素敵な夜の誘いに足を踏み入れた。


たった一つの嘘を、僕はこれからも嘘として貫いた。それは嘘でも冗談でもなくて本当だった。大人の成人式へ参加したなんて言わなかったし、一度聞いただけで、二度と聞くこともなかった。

どうしてそんな風にしようと思ったのか、それは彼女から嫌われたくなかったし、僕だけのモノにしたかった。


だけど、彼女はーーーー


「誰から聞いたの?」と僕の胸に頭をのせて聞く。


「雛形さんから聞いたんだ。歓迎会のとき、君から聞いたと言っていたよ。大人の成人式に参加したと」


「やだ、酔っ払って話しちゃったのかな。朋美さん、何て言ってたの?」と僕の方へ顔を上げて聞き返す。


「いや、詳しくは言わなかったけど、そんな成人式は聞いたことがなかったから気になってね。だから君を、食事に誘ったんだ」


「ふ~ん、そうなんだ。それが海ちゃんの聞きたかったことなのね」


「海ちゃん!!なんか呼び方が変わってるし」


「なんか、海ちゃんって感じだもん。だから、今日から海ちゃんって呼ぶね。嫌なら変えるけど?」と彼女は起き上がって、僕を見下ろした。

何も身につけていない彼女の姿が眩しかった。


「良いよ、別に構わない。好きなように呼べば良いよ。僕は君のことをなんて呼べばいいかな?北城さんは他人行儀だしね」


小さな胸へ話しかけるように、僕も上半身を起こして、彼女を引き寄せて抱きしめた。すると、彼女は名前で呼んで欲しいと耳元へ囁くのだった。

髪をおろした彼女も可愛く、僕は気持ちのままにキスを重ねた。大人の成人式についてははぐらかされた気がしたけど、きっと彼女は語りたくないのだろう。

僕もそこまでこだわっていなかった。今はそれよりも、彼女と触れ合うことしか考えられなかった。


それでも、彼女の嘘だけは気になっていた。何故なら、北城美鈴は処女じゃなかったんだ。


第43話につづく

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