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第77話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

「ただいま……」


私の住んでいた家は、私の住む家ではなかった。然るべき所を探していた。それを求めて私は大人の成人式に参加した。悪夢のような記憶を抱えて参加する決意をした。そこで出会ったのが海ちゃんという存在。私の意識は海ちゃんの意識と重なって、新しい生命となって誕生した。それは悪夢のような記憶を消してくれたことでもあった。

だけど、運命は突然に捻じ曲げられる。だから運命なんて決まっていない。それだけが真実であるーーーー


「お兄ちゃん……」


「お兄ちゃん?嗚呼、確かに僕はお兄ちゃんと呼ばれていたね。だけど、僕は昔のお兄ちゃんじゃないよ。美鈴は大人の成人式に行ってきたんだね。美鈴は何を置いてきたんだ?僕の知ってる美鈴じゃないんだろう。僕も美鈴が知ってる僕ではないけどね。あの夜、僕は抑えきれなかったんだ。昔から抑えていた感情を抱えて生きるのが辛かったんだよ。だから仕方がなかった。それはわかってくれるね。あれは昔の僕であって、今の僕は違うから安心してくれよ。あの頃の僕は大人の成人式に置いてきた。だからもう、美鈴に対してあんな行動は二度としない。悪いと思ってるさ。でも、あの感情は大人の成人式に置いてきた。いや、捨てたと言った方が正解かな。美鈴を傷つけたことには変わらないけど、僕は後悔してるんだ。だから……」

「だから何なのよ!!だからお兄ちゃんは、私に大人の成人式を教えたっていうの。それで罪を償おうと考えたの!!私が忘れたい悪夢を、大人の成人式で置いてくると思ったわけ!!」

「そう思っていたよ。でも、お前は心を置かなかった。どこかで違う自分と意識を重ね合わせたんだろう。だから、僕の知ってるお前はここに居ない。僕にレイプされた夜のことを覚えていない。いや、覚えているけど自分の記憶とは思ってない。そうだろう?この部屋に踏み込んだ時、お前は心の隅に感じたはずだ」

「感じたよ。でも、私の記憶みたいに思えない。私はお兄ちゃんにレイプされたという事実を真実だと思っていない。いつからお兄ちゃんは、私をそんな風に見てたの……」


「いつからという質問に対して、僕自身もわからない。あれは大人の成人式に置いてきたんだから。僕が大人の成人式に参加した時、姿の見えない大人たちと出会った。お前も見たろ?彼らの正体は自分自身の罪。隠したい罪や抑えきれない罪を、大人時代に連れて行かないよう置いた心の群像なんだよ。何故だと思う?」


兄の質問に、私は口にすることなく首を振った。何故なら、私は私を知ることになった事実が、部屋に踏み込んだ後悔に震えていたから。今になって知ることは、悪夢の始まりであり、目の前に立つ兄が兄じゃないと感じていたからだ。


「臆病者だからだよ。大人時代に生きる時、一緒になって歩むのが怖いからさ。お前に対して、僕は間違った行為をしてしまった。そんなことはわかっている。それでもお前をレイプして欲望で満たした。でもな、記憶というのは消えないんだよ。いつまでも地の果てから追いかけてくる。だから、大人の成人式が存在してるんだ。あそこは臆病者が心の闇を捨てる墓場みたいなものさ。記憶として残るけど、自分の犯した罪として思えない。お前をレイプした記憶は消えないが、お前に対して罪とは思っていない。認める心は大人の成人式に置いてきたからな。わかったかい?これが大人の成人式の真相なんだ。姿の見えない大人たちは、大人時代に連れて行かない罪なる自分自身なんだ。現にお前はレイプされた記憶はあっても、自分自身のことだと思わないだろう。それはレイプされた記憶を大人の成人式に置いてきたからだよ。せめての罪滅ぼしだと思って教えたんだ。お前の心を少しでも救いたかったから」


言葉が出なかった。なんて身勝手な人間なんだろうと。そんなのあまりにも身勝手すぎる。私は私を知ることに、兄は保険みたいな感覚しかないんだ。もしも、私が思い出したとしても自分の記憶と思わせないようにしていた。現に私は兄から受けた卑劣な行為を自分自身に起きた出来事だと心の中では思っていなかった。

傷付いた私はここには居ない。あの悪夢のような記憶は記憶として残るけど、心は心として生きていなかった。それが真実で大人の成人式の真相だった。


私はどうすれば……


第78話につづく


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