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第23話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

僕の知らなかったこと。それは大人の成人式が屋上で行われないということだった。だから、僕と桃香はしばらく雪の降る屋上で身体を濡らす羽目になった。でも、大人の成人式のルールに従って、僕らは会話をしなかった。


そんな目に合うとは思いもしなかったけど、僕らは大人の成人式へ行こうと再び公民館へやって来た。時刻はあれから数時間経過して、午後の十一時を過ぎようとしていた。


「あと一時間後に始まるから、それまで隠れないとね」と桃香が悪戯っぽく言った。


人気の無い公民館。数時間前、成人式が行われていたなんて嘘みたいな静けさだった。とりあえず、僕らはそっと公民館へ忍び込むと、二階で見つけた隠れ家に向かった。

一階の受付事務所の前を通り過ぎたとき、受付に誰の姿も無かったーーーー

階段下で隠れていた私は、一度トイレに行こうとその場から離れた。まさか入れ違いで、この場所を取られるとは思いもしなかったけど。

廊下を抜けて、誰にも見つからないようにトイレへ駆け込むと一番奥の個室に入った。少しだけドキドキしていたのか、私は呼吸を整えると静まり返ったトイレで考えた。

あと一時間後には大人の成人式が始まる。

一体、何人の新成人がやって来るのだろうか。そして、何人の旧大人たちが来るのか?


ルールその①……大人の成人式に参加してる間は他の人と話さない。

ルールその②……大人の成人式に参加してる間は、旧大人たちに見つかってはいけない。

ルールその③……大人の成人式の参加者は童貞と処女でなければならない。


そして、隠しルールが一つ存在していた。成人式の会場へ一度入館したら大人の成人式が始まるまで、脱け出すことは禁止されていた。


私は呪文を唱えるように、三つのルールと隠しルールを心の中で唱えるように呟いていた。今日という日をずっと待ち続けていた。こんな所で台無しにはしたくない。

だから、私はルールを守って参加するんだ。そんな私の思いとは別に、大人の成人式へ参加する意味を理解したのは、私が大人時代へ踏み込んだ一週間後の世界だった。

小さな傷を裂けるような歪さは、例えようなのない世界なんだと知ってしまうからだ。

洋式トイレの蓋に座りながら、私は呼吸して何度も唾を飲み込んだ。時計の針が私を刻んでいる。心の声でアフレコしては針となって音を刻んていた。

もうすぐ、もうすぐ大人の成人式が開催される。

あと一時間もなかった。私は一旦、非常階段の向こう側で見つけた隠れ家へ戻ることにした。静まり返った廊下の窓から外を見る。朝から夜へと景色は変化していた。


降っていた粉雪も大粒の雪へと変わり真っ暗な夜空に白っぽい綿を降らしていた。灰色の雲に覆われた街並み、今夜、大人の成人式がもうすぐ開催される。

胸騒ぎを鼓動として感じながら、私は非常階段へ通じる扉を開けた。その瞬間、胸騒ぎが妙な胸騒ぎに変わった。

静まり返った踊り場から、わずかな息づかいが聞こえたからだーーーー

白いファーの付いた大きなパーカーで焦げ茶色のダッフルコートを着ているのは桃香。コートの中は、グレイの毛並みが心地よいセーターだった。壁際に寄り添いながら、僕と桃香は吐息の漏れるキスをしていた。

キスからの延長は、それ以上の快楽を求める。右手は違う生き物になって、桃香の胸に手を添えた。予想していたのか、それとも桃香の特殊能力がズバリ的中したのか、とにかく桃香は僕の心を読み取っていた。

いや、きっと桃香は気持ちの空気を感じるのが人より優れているのだろう。添えた右手の手のひらに、柔らかい感触が僕を鷲掴みした。下着を着けていないこともわかった。

唇を重ねながら、僕は左手でセーターを捲くしあげた。とろけたチーズの下に隠れた美味しい食べ物を頂くように違う生き物になった右手が、隙間から滑り込む。


やっぱり桃香は拒むことなく、僕の思うままに心を許した。開放的になった桃香の牧場へ、犬が自由に走り回るみたいだ。追い込むのは楽勝だと右手は知っている。

盛り上がった丘へ駆け上がると、柔らかい感触を匂うように犬は鼻先を押し付けた。先端の突起物を摘み、僕は僕の犬となり桃香の牧場で遊んだ。とろけたチーズの中身を思う存分舐めては吸った。

時間の許す限り、僕はオーラルに悦んだ。僕を呼ぶような声で、桃香は声を奏でる。それに反応しては、硬くなった尻尾を振っていたーーー


微かな息づかいが、響くような声に変わったとき、私は階段下で逢い引きする女性を見てしまった。踊り場の暗がりから階段下の隠れ家を覗き見する。

完全なる覗きだと理解していたが、覗く行為をやめることができなかった。女性の後ろ姿が私の位置から見えている。女性に隠れて、もう一人が女性の胸元に顔を埋めるように動いていた。


考えなくても、その行為は明らかに想像できた。経験の無い私でも知識だけは人並みにあったから。チラッと見える髪の毛で、女性の胸元を触っているのは男性だとわかつた。

女性の方は、映画のラブシーンで観る女性特有の声を漏らしていた。要するにオーラルをされているのだ。胸の高鳴りを感じながら、私は色々な想像を頭に膨らませた。

グルグルグルグルと男女の情事を見つめる。


この二人は何故、こんな場所に居るのだろうか?どうしてこの場所を選んだのか。もしも、もしも二人が私と同じ目的だったら、この行為はルール違反に入るのか?

答えは入らない。あくまでも処女。あるいは童貞を守れば問題ないのだ。


だから、二人はギリギリのラインでルールを守っている。それでも私は、二人の行動が許せなかった。例えルールをギリギリ守っているとは言え、これはある意味反則行為である。


それなら私だって……


警告するように音が突然鳴った。私の携帯電話からの音だった。大人の成人式が始まるのは真夜中を過ぎた零時。私は十分前にアラームをセットしていた。すっかり忘れていたのだ。

だが、忘れるほどの出来事に出くわした。だから、私の携帯電話は無情にも鳴り響くのだった。


ピピピ……ピピピ……ピピピ……


第24話につづく

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