第2話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

人生の繰り返しに人は溺れる。弾かれた泡が割れた瞬間から新たな気持ちになれるだろうか?

『その問いには答えかねるな』と一人の男性が答えた。僕と彼女は、その答えのわからない難題に頭を捻らせたのだった。


時間は遡り、物語は一月十四日の夜に戻った。


僕、海野省吾(うみの・しょうご)は明日の成人式で二十歳を迎える。つまり成人式と同時に、僕は少年から大人へと一歩踏み出すのだ。それは憧れのイベントで、ほとんどの少年が心待ちにしていた。


心待ちをしていたのは僕と関わりのない人たち。同年代のサークル。そのサークルに僕は入っていない。目立つことを恐れて、自分という存在感を消していたからだ。サークルという円。円というサークル。曲がったカーブは美しい弧を描いていたし、僕の入る隙間はなかった。

一ミリくらいの隙間はあったかもしれないけど、陰を仮面にした僕が仲間入りしたら乱れるだろう。


完璧なまでに弧を描いた円。それは光沢のある鱗みたいな表現が良い。だけど、その光沢ある鱗に少しでもキズが付いてしまうと、完璧な円ではなくなる。それだったら遠慮したいと思います。心の中で、僕は目立たないように生きて行こうと心掛けていた。


『海野は一人が好きなんだよ』


僕は耳鳴りみたいに、その声を聞いていた。聞きたくないと思っても、自然に耳へ囁く。一ミリくらいの隙間に入り込むことは悪意ある行為だと、僕は無意識に覚えた。

明日は成人式。一日前の夜更けに、僕の脳裏に蘇った思い出だった。夜明けまでは数時間と迫っていた。


成人式なんかに行く意味はあるのか?自問自答しては立ち止まった。会場までの道のりを何度も繰り返す光景。母親から贈られたスーツに、予定していなかった成人式へ赴く。


『大切な行事なのよ』と昨晩の夜に言われた言葉。僕にとって、大切なのかな?それでもこの日の為に、せっかく母親から贈られたスーツを無駄にはできない。


強いて言えば、僕が成人式へ行く理由は、ただそれだけだろう。


当日、真上の空に凍えた風が流れて、粉雪の光景を瞳へ映していた。無重力の宇宙に浮かぶ粉雪は、やがてうっすらと僕の肩を斑模様に白くした。

見上げた頬や鼻先に細かい冷たさを感じた。寒さは不思議と家路へ足を向かわせる。ここまで来たからと言って、僕は素直に会場へと向かわない。

さっきまでの気持ちとは裏腹に、僕は足を止めて立ち止まっていた。

「海ちゃん!?」

粉雪の風景と混ざり合っていた僕に向かって、誰かが声をかける。後ろを振り返ると、幾つもの足跡が待ち構えるように並んでいた。そんな無数の足跡の中で、一人の人物が立ち止まって僕の顔をジッと見つめていた。

しかも、女性とわかった瞬間、僕は逃げ出したい気持ちになっていた。


だけど、不意打ちの相手に対して、不器用な僕は、ただただ見つめ返すしかなかった。粉雪の舞う中、着付けした一人の女性。

彼女と出会ったことで、僕は嫌でも成人式へ赴くことになる。一月十五日、僕は少年から大人への螺旋に踏み込むのだった。


第3話につづく

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