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第75話「世の中はコインが決めている」

 倉木先輩が運転する車は都内を抜けて奥多摩の方向へ走らせていた。車中でも倉木先輩の喋りは止まらない。ファミレスで散々喋っていたのに、やっぱり中心になって話す。内容は前回行った廃墟の話だった。

 僕が後部座席の真ん中に座って、その両脇に女子二人が座っていた。左隣の麻呂さんは窓からの景色を眺めながら一言も会話に参加しない。

 一方、縁日かざりは初参加ということもあって、色々質問したり倉木先輩の会話に付き合っていた。

 たまに僕をいじるように、倉木先輩が話を振ってくる。そんなときでも、僕は愛想のない態度で対応していた。

 チラッと神宮寺を見たら焦った顔をしている。きっと僕の態度を見て、気が気じゃないんだろう。倉木先輩が不機嫌になっちゃ困るからだ。

 神宮寺には悪いけど、僕なんかを誘ったのが悪い。誘うならもっとノリのいい奴を誘えば良かったんだ。まぁ、今となっては遅いけど。

「そういや、鳥居。懐中電灯は持ってきたのか?」と神宮寺が訊いてきた。

「いや、持ってきてないけど」

「おい、持ってこいっつーの。廃墟って暗いんだぞ!」

「あ、私、持ってまーす」と縁日かざりが手を挙げて言う。

「私も持ってないわよ」と隣の麻呂さんが言う。

「ほんなら、露子は俺とペアになればええわ」と倉木先輩が親指を立てて言う。

「じゃあ、鳥居くんは私とペアだね」と縁日かざりが、僕の二の腕に触れて言うのだった。

「えぇ、俺は!?」と神宮寺が慌てて言う。

「しゃーない、お前は一人や」倉木先輩の言葉に三人が一斉に笑った。

 なかなかオチだった。こんな風に学生らしい一コマに、僕は久しぶりに笑ったような気がした。バカみたいな場面かもしれないが、ふと味わったことのない学生生活に笑顔が溢れるのだった。

 都内を離れて三時間ほど走っただろうか、すっかり街の風景は山々に囲まれたところまで来た。夜の山なんて初めてだったので、こんなにも暗闇なのは驚いた。

 静寂すぎる山の風景。車のエンジン音以外耳に聴こえてくる音はない。

「どうや、雰囲気出てきたやろ」と倉木先輩が言う。

「今から行く廃墟って、先輩も初めて何ですか?」と僕は前方を見ながら訊いた。

「そうや。なんでも、数十年前は病棟やったらしいで」

「ええ、なんか怖い」と縁日かざりが声を出して、僕の太ももへ手で触れた。ちょいちょい彼女は密着して触れてくる。

「なんでも噂があってな。その病棟は夜な夜な怪しい光が見えるらしいわ。怖がらせるつもりはないけど、そんな噂があんねん」と倉木先輩が面白半分に言うが、どう考えても怖がらせようとしている。

「都市伝説みたいなものですか?」と麻呂さんが訊いた。

「ま、そうやな。でも、心配せんでええよ。俺がついてるさかい!」倉木先輩はそう言って車のスピードを上げるのだった。

 なんとなく雰囲気が変わり、僕は暗闇が包み込む風景を眺めながら胸のドキドキを感じるのだった。

第76話につづく

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