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第7話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」

成人式が始まっても実感はなかった。それはそうだろう。僕たちは二階に居て、式に出席していないんだから。一階と二階ではこんなにも雰囲気が変わるのか、人々の声が遮断されたように静まり返っていた。


聞こえるのは自分の息づかいと、桃香の視線。きっと、立ちっぱなしの僕を気にして話しかけようかとタイミングを図っているみたいだ。そんな独特な視線を感じた。正面には風景が見渡せるほどのガラス張り、しんしんと降る粉雪が風に煽られながら舞い降りていた。

朝から変わらない姿で降る粉雪。僕の心を映し出すように白い光が揺れていた。


「海ちゃん、このまま居ても退屈だよね」


うんーーと小さな声で答える。視線は合わせなかったけど、僕は窓ガラスから見える粉雪を数えるように、時間が過ぎ去る感覚を味わっていた。


「あのさ、変わってないよね。うん、変わってない。海ちゃんは海ちゃんのままだよ。あの頃のまま」とソファーの沈む音に合わせて、桃香は一人納得するように呟いた。


「そうだよ。僕は変わっていない」と今度は、はっきり聞こえるように返事をした。


「フフ、私も変わってないつもりだけど、変わったような気がするの。海ちゃんと一緒に聞いた、千夏先生の話を最後に……」


チラッと横目に映る桃香の顔は、寂しさとは違う不思議な表情をしていた。あの日を最後に、桃香は保育園を去ってしまった。何があったのか、今となっては大体の想像はできた。


「あの夜、母と父は別れたのよ。正確には離婚が成立したのよね。私の知らない間に、二人の関係はちぎれてしまったの」


離婚した両親を、ちぎれたと表現する桃香に、僕は不思議と感心してしまった。それは、僕の家庭環境と同じだからだろう。変な共感は、僕の家庭もちぎれていたからだ。もっとも、僕の家庭は早くに離婚していたけど。


「大人の成人式まで、あと十二時間後か……」と桃香が呟くように言ったあと、僕は教室で聞いた話しを鮮明に思い出した。

僕たちの長い沈黙が尽きるまで、深夜に行われる大人の成人式は、長い沈黙を待ちわびていた。


『人は基本的に変わらないのよ。だから、大人時代を過ごす前に体験しなさい。大人の成人式を……』


千夏先生の言葉が、心の中でぐるぐる廻る。真夜中の零時を過ぎたとき、大人の成人式は始まりの鐘を鳴らす。場所は市民会館の屋上と決まっていた。

毎年行われる行事で、新成人たちが体験しようと集まるのだった。

そこに集う人々の中には、OBの人たちも混ざっているという。未知な体験が待っていると、千夏先生は僕たちに断言していた。


「ルールを守らないとね。海ちゃんは覚えてる?」


「うん、覚えてるよ。先生は、何度も僕らが覚えれるように繰り返してたよね。あれだけ言われたら覚えてるさ」


今の状況と空気感に慣れたのか、僕はようやく桃香の質問に対して、ごく自然な会話をした。僕にしては上出来だろう。

目立つことを恐れていた僕が、こんな風に女性と話すなんてさ。


「大人の成人式、ルールその一」桃香が小さな声で呟くように話し始めた。

桃香が今から言うルールに、千夏先生の顔が浮かぶ。先生も僕たちに向かって、小声で話してくれた。


「ルールその一、大人の成人式に参加するには」と僕は言葉を止めて、桃香の方へ視線を移した。


大人の成人式のルールを覚えていると言うなら、きっと僕たちは……


そして、僕たちを包み隠すようにしんしんと降る粉雪は、僕の言葉を待つように降り続けるのだった。


第8話につづく

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