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第6話「蛇夜」

風呂上がりにウィスキーのロックを嗜む。グラスを揺らしては鳴る氷。今夜は蒸し暑くもなく過ごしやすい。ここ最近は仕事も順調にはかどっていた。こんな風に家でゆっくり過ごすことは久しぶりだった。


昨日から妻は娘を連れて海外旅行に行っている。解放されるというか清々しい気持ちで一杯だ。そんなことを言うと家族を蔑ろにしてると思われるが、一人の時間は大切なのである。


二週間も旦那を家に残して海外旅行へ行く妻に感謝したい。本来、僕は一人で過ごすことを好むのだ。まぁ、仕事柄、一人の時間が多いから当たり前なんだけど。そうなると何か面白いことは無いかと考えてしまう。


これもまた、職業柄のクセってやつだ。


時刻は夜の十時、今夜は夜更かしの気分だ。そう思ったら二杯目のウィスキーをグラスに注ぎ足す。

すると、テーブルの携帯電話がブルブルと震え出した。着信の名前を見ると懐かしい奴からの電話だった。


大学時代の後輩、羽鳥武彦からの連絡である。久しく会っていなかった知り合いの一人で、彼の印象は頭脳明快でハンサムな男である。そんな記憶をしていた。


通話ボタンを押して応対すると、懐かしい声に彼の顔が浮かんだ。童顔で爽やかな笑顔をする奴だ。数年ぶりの会話だったけど、僕たちは当時のように会話を始めた。挨拶もそこそこに今の近況報告をしてくる羽鳥。大学を卒業したあと、一流の商社に就職して頑張っているようだ。


「先輩の作品、全て読ませて頂いてますよ。今度の新作も期待してます」


「ありがとう。それにしても急に連絡なんかどうしたの?君のことだから何かお願いがあるんだろう」と僕は彼の性格を知っていたので単刀直入に訊ねた。


「実は奇妙な出来事がありまして、是非、先輩の意見を聞いてみたいと思ったんです。きっと先輩なら興味を持つと断定してます」と彼は自信満々に言う。


大学時代から羽鳥武彦は僕の性格を良く分析していた。僕の人付き合いが苦手なのも知っていたし、性格的に問題があることも理解してくれていた。


そんな僕だけど、興味あることに関して追求するところがある。それを知ってるからこそ、羽鳥武彦は数年ぶりに連絡を寄越したのだろう。


「それで奇妙な事って?」


「ええ、実はですね」


僕たちの会話の内容は後ほどにして、まずは簡単に僕の自己紹介をしよう。大した人間ではないが、運が良かったのかデビュー作が芥川賞候補になり、それが賞を受賞すると、世間からちょっとした有名な芥川作家である。性格に問題があるのは、興味あることしか人と接しないところだ。


だから作家を選んだところもある。それでも羽鳥のように、思い出して連絡をくれる人も少なからずいる。作家名は草餅。変わった名前だけど、一度会えば忘れられることはない。簡単ではあるが、僕の自己紹介はこんなところだろう。


さて、話を戻そう。数年ぶりに連絡をくれた羽鳥武彦からの奇妙な話。それは、彼が働いてる会社の同僚が亡くなった話だった。


同僚の名前は日比野鍋子(ひびの・なべこ)。年齢は四十代の事務員。今から一ヶ月前、彼女は突然、謎めいた死に方をした。亡くなった場所は彼女が住んでいたマンションの部屋の前。


その謎めいた死に方とは。


「爬虫類の抜け殻みたいに死んでいたんですよ。衣服は無く、丸裸の皮だけを残して発見されたんです」と羽鳥武彦は声を潜めるように話した。


「参ったな。かなり興味が湧いてきたよ」と僕は想像を膨らませながら答えた。


女事務員の怪奇的な死。僕はこの事件を聞いたとき、素直にその真相を知りたくなるのだった。


第7話につづく

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