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第7話「蛇夜」

人間が皮だけ残して死んだ。何ともオカルトチックな話である。脱皮したと思っているのかと訊ねた。


「最初、そうは思わなかったです」と羽鳥武彦は少し考え込んでから答えた。


最初ってことは、今はそう思っていないと彼は言いたそうだ。一ヶ月前に起きた事件。詳しく話を聞くと、その亡くなった日比野鍋子と最後に会っていたのは、連絡を寄越して来た羽鳥武彦だった。

しかも彼は、亡くなる直前に日比野鍋子へ電話をしている。理由を聞くと、残業をしていた日比野鍋子の様子が少し変だったらしい。彼の知っている彼女と違っていた。

その日、彼女は遅刻して一人で残業をしていた。羽鳥武彦いわく、彼女が遅刻する事さえ珍しいらしい。勤続年数も長く、会社では真面目で仕事熱心な事務員として知られていた。


「それで君は、どうして彼女が変死したことに興味を持ったの?それとも脱皮したことを信じてる感じはするんだけど」と僕は核心を突くような質問で訊いた。


「興味を持ったと言うか、日比野さんと最後に会ってたのは僕だったし、あのとき、様子が変だったのも気付いていました。だから余計に責任を感じてしまって。もちろん、彼女が亡くなった原因と結びつくわけじゃないですけど、後悔してるのも事実です」


「君の責任ではないけど、気持ちはわかるよ。それで、日比野さんが奇妙な死に方をした事に対して疑問に思う。そんなとこなんだろう?」


「はい。そもそも人間が脱皮するなんて考えられない。それに彼女、情緒不安定と言うか、よそよそしかったんですよね。僕の知ってる彼女じゃなかったんです」


「それは最後に会ったときのことを言ってるの?」


日比野鍋子が亡くなる数時間前、彼女は会社を遅刻して一人で残業をしていた。同時刻、別室で羽鳥武彦も残業をしている。その間、二人が一緒になることはなく、羽鳥武彦が帰る支度をしようと部屋を出たとき、事務室の灯りに気付いたと言う。


「そうです。僕以外にも残業をしてる人が居ると思い、事務室の中へ入ったんです。そしたら彼女が、日比野さんが一人で残って居たんです。そのとき彼女の顔、何か変だったんですよね」


「どんな風に?」


「うーん、何て言うか」と電話の向こうで、羽鳥武彦は言うべきか悩んでるみたいだ。


「君が心の中で思ってることは、特に気にしないよ。僕がなんて思うか気にしてるんだろう。そりゃそうだろう。君は僕の性格を良く知ってるからね」と僕は軽い感じで言う。


「わかりました。では言いますね。あの夜、事務室の中で日比野さんは一人で居ました。でも、僕が入ったとき、奇妙な違和感があったんです。何て言うか、何か得体の知れない気配を感じた。それに彼女の顔を見たとき、僕の知ってる顔じゃなかった。いつもより青白く、目の奥で何かが蠢いていた」


「蠢いていた?詳しい状況がわからないけど、君の知ってる彼女と雰囲気が違っていた。それに部屋の中で、誰かの気配を感じたんだね?」と僕は訊き返した。


「はい。それに彼女、いつもより細かった」と羽鳥武彦は語尾を小さくして言う。


「あ、あとですね。彼女と事務室を出たとき、あるモノを発見したんです。それが何なのかは調べてます。でも、これだけは確実です。日比野さんが死んだ原因、きっと食べられてます」


羽鳥武彦から相談された日比野鍋子の死。そして彼が調べ上げたあるモノの正体。真夜中の電話から始まった奇妙な話。僕の中で追及したい気持ちが湧き上がるのだった。


謎めいた怪奇的な死。この怪奇的な死が何なのか?もしもホントに羽鳥武彦が言うように食べられたのなら、これは解明しなきゃいけないだろう。


第8話につづく

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