第36話「潮彩の僕たちは宛てのない道を歩く」
ご機嫌に話しまくるマスターの横で、北城さんも楽しそうに会話を弾ませていた。四人だけの歓迎会なのに、話しを弾ませるのは二人だけである。
僕はと言えば、二人の会話に対して相槌を打つのがやっとだった。雛形さんはカウンターの方で、カクテルとチーズをつまみに一人飲み状態。
お酒がイケる口なのか、北城さんも積極的にマスターと会話をしていた。僕はお酒が飲めないのでソフトドリンクだけど。と言っても、別にお酒が嫌いとかではなかった。ただ単に飲まないだけである。
思考が鈍って、本音の自分をさらけ出すのが嫌なのだ。専門学校でも生徒がお酒の失敗をしていると、良く小耳に挟んでいた。だから、余計にお酒を避けているところがあった。
「海野くんはお酒飲まないの?」
不意打ちで、北城さんが話しかけてきた。油断していた僕は、北城さんの顔を見て固まった。しかも驚いたのは、僕のことを海野くんと呼んだから。
普通、バイトの先輩に当たる人を、君付けで呼ぶのか?同い年だから特には気にしないが……
「ねえ、海野くん訊いてるの?」
聞いてるよ。それについて、君へ説明するのが面倒なんだよ。思考が鈍るのが嫌だから飲まないと言ったら、君は変な奴だと思うだろう。だから、あえて説明をしないのさ。
無駄なことは無駄なんだよ。そこに価値がない情報なら話す必要性はないからね、と心の声で答えた。
これでも桃香と再会してから、女性に対して普通に会話をこなすようになってきていたが、たまに前の癖で、心の声で会話をしてしまう。
なので案の定、何も答えない僕を見て北城さんは不思議そうな顔になっていた。
「海野くんは酒弱いんだよな」とマスターが横入りして言う。もちろん酒が弱いわけではない。ただ単に飲まないだけである。
否定するのも面倒だったので、頷きながら誤魔化した。これで話しが終わりだろうと思った瞬間、後ろから雛形朋美が話しかけてきた。
空のグラスを手に持って、店の裏で見た含み笑いをしていた。僕は嫌な予感がした。
きっと酒を飲まされるだろうとーーーー
テーブルに並べた二つのグラス。雛形朋美はウィスキーボトルを持っていた。これから始まるゲームで、僕の思考は狂うのか?
それとも勝利を手にすることはできるのか。
「面白そうですね。それって、雛形さんが考えたんですか」と北城さんが楽しそうに訊ねる。
マスターに至っては、傍観者としてテーブルの中央に立っている。まるで、これから始まるゲームのジャッジメントをするみたいだ。
ルール説明を始める雛形さん。僕がゲームの了解をしていないのに、普通にゲームの段取りが進むのだった。
これは面白いのか?心の中で繰り返すように、僕は何度も言葉を繰り返していた。
勝負事に関して、僕は本来避ける方である。ましてや、馬鹿げた勝負ならなおさらだ。それでも今回に限っては、少し違うようだ。
雛形朋美が始めようと言い出したゲーム。負けたらウィスキーをロックで飲まなければいけない。開始から三十分は経っていた。僕の目の前で二人の女性が笑っている。
一人が八杯目のウィスキーをロックで飲んだ。これで、ウィスキーボトルが空になった。
「強いわね。やるじゃない。もしかしたら一人勝ちかもね。海野くんは何杯飲んだのかしら?」と八杯目を飲み終えた雛形さんが聞いてきた。
「まだ一杯しか……」と返しつつ、僕は隣の北城美鈴を見た。新しいウィスキーボトルを開けようとしている。
「まだ飲むんですか?」と僕は店の壁に掛かる時計を見た。時刻は夜の零時を過ぎようとしていた。
ほんの十分前、マスターが帰ったところだった。日曜日が定休日だったので、土曜日の明日は通常通り店は開いている。だから、先にマスターは帰ったのだ。
僕に店の戸締りを任せて、僕らを店に残して自分はさっさと帰ってしまう。僕と北城さんは明日のバイトが入っていない。だけど、雛形さんは出勤だった。
なので、終わりの見えないゲームに心配して、まだ続けるのかと一様訊いてみた。
「私は終わってもいいけど。主役の北城さんはやる気満々みたいよ」とまだ冷静な雛形さんが言う。
当の本人、歓迎会の主役は満面の笑みで待ち構えていた。要するに臨戦態勢なのだ。人差し指と親指でポッキーを挟んでいた。僕たちがしているゲームとは単純明快なポッキー遊びだった。
ルールは単純で、ポッキーの左右をそれぞれ片方で持って、同時に合図を合わせて折る。その折れたポッキーの長さを競い合うゲーム。
長い方が勝利者で、短い方が敗者となるのだ。もちろん敗者はウィスキーのロックを一気に飲み干す。馬鹿げたゲームである。そんな馬鹿げたゲームだけど、なぜか僕は初めの一杯から連勝連勝で勝ち続けていた。
不思議と才能があったのか、僕は負けることはなかった。そんな状態が続いてるわけだ。
「海野くん持ってよ。今度は負けないわよ」と張り切って言う北城さんだけど、その指先は明らかに震えていた。
だから、勝負になるわけもなく、僕の勝利になって、北城美鈴はちょうど十杯目のウィスキーのロックを飲むことになるのだった。
そのあと、雛形朋美とも勝負をしたが僕の連勝は続いた。深夜一時近くなった頃、北城さんを抱えることになるのだった。タクシーを呼んで、真夜中の街道を走る。
街灯はタクシーが走り去るたびに消えていく。まるで、街中の光を奪うようだった。僕は助手席へ座り、流れ落ちるような風景を眺めていた。
後ろの席で眠る北城美鈴。その隣で雛形朋美も同じように流れ落ちる風景を見つめていた。
サイドミラーに映る二人の女性。僕は少しずつ眠気が襲うのを感じていた。
第37話につづく
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