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第23話「蛇夜」

三日後、三重県伊賀市を訪れた。新幹線を乗り継いで夕刻過ぎに到着した。そこからレンタカーを借りて伊賀市に着いた頃、辺りはすっかり暗くなっていた。


目的地の黒土山は伊賀市から南に行った奥地。都会と違って風景は山々に囲まれている。街灯も少なく田畑の広がる平原地だった。ここへ来る前、予約していた宿屋に到着すると、僕は早速地元の人へ聞き込みをすることにした。


「ねえ、ここの宿屋、露天風呂があるから入って来るね」と雫はすっかり旅行気分だ。


「わかった。僕は宿屋の人に聞き込みに行ってくるよ」


「ご苦労様です」と雫はそう言って、鼻歌を口ずさみながら露天風呂へ行くのだった。全く、緊張感もあったもんじゃない。連れて来たことを後悔しながらも、僕はフロントへ向かった。

古い宿屋だったけど、夏休みということもあって客は多い。運良く部屋を取れたが、雫と相部屋になってしまう。それに関して雫自身は気にしてない。寧ろ、気にしているのは僕の方であった。

幾ら付き合いが長いとはいえ、僕より三つも年下の女の子だ。それに僕は既婚者である。


参ったなとお決まりの言葉を呟きながら、手が空いてそうな仲居さんを探した。時刻は夜の七時を過ぎたばっかりで夕飯の支度が忙しいのか、僕の前で御膳を運びながら仲居さんが、行ったり来たりしていた。


非常に聞き辛い。辺りを見渡しても暇そうな仲居さんはいなかった。どうやら時間をずらした方が良いかもしれない。これなら僕も、ひとっ風呂浴びて来ようかと考えるのだった。


結局、忙しい時間帯だったので、僕は一旦部屋に戻ると浴衣に着替えて露天風呂へ行くことを選んだ。雫じゃないけど、露天風呂なんて何年も入っていない。

気分が高まるのもわからなくない。食事は八時半からとお願いしていたので今からゆっくり入れば、丁度良い時間になるだろう。


壁に貼られた案内図を確かめながら、露天風呂へ向かう。どうやら露天風呂の場所は別の所にあるみたいだ。渡り廊下で繋がっているらしい。

矢印の案内に従って露天風呂を目指して歩いた。すると、僕の前を一人の女性が歩いていた。後ろから見ても妙に色っぽい雰囲気のある女性だとわかった。浴衣というのは不思議と女性を色っぽくさせるものなのだ。


長い髪の毛を後ろで束ねて、遠目からも艶のある雰囲気があった。後ろから年齢はわからないが、見た目は三十代と言った所だろう。僕と同年代の女性なので、きっと既婚者か気楽な一人旅と予想した。

スリッパの音を立てて機敏に歩く。それに女性のスレンダーな身体に思わず目で追ってしまうのだった。


渡り廊下の先が突き当たりで、女性は左へ曲がった。後から遅れて僕も突き当たりに来ると、案内図を見て右へ曲がる。赤い矢印が左は女湯で、右が男湯になっていたからだ。脱衣所へ入ると客の姿はなく、どうやら僕一人の貸切状態だった。


ラッキー、これでゆっくり寛ぐことができる。なんて思いながら籠に脱いだ浴衣を投げて、タオルを持って露天風呂へと向かった。


硝子戸を開けると、同時に桶の音が露天風呂に響いた。どうやら他に客が居たようだ。湯けむりの中、僕はかけ湯をかけて体を洗おうと鏡が並んでいる方へ一歩一歩進んだ。


檜の香りが鼻先に触れる。まさに露天風呂って感じだ。そして、桶にタオルを入れてプラスチックの椅子に座ろうとした瞬間だった。


湯けむりの向こうから誰かの悲鳴が聞こえた。誰かが叫んだ!?声のする方を振り向いて、僕はその場で固まるのだった。


い、今の声、女性だったよな。


第24話につづく

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