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【創作BL】シスコン貴公子の真実の愛①

「ねぇ、ルゥ。僕たち付き合わないか?」

 うららかな春の昼下がり、ちょうど眠気を感じる時間だった。

 主人から、思いもよらないセリフを突きつけられたルゥは、思わず窓の外を見上げた。

 ローゼス公爵領は北に位置し、冬は極寒である。暖炉の火は絶やさずいるが、広い部屋の隅々までは行き渡らない。そのため、家の造りは窓が大きく、日の光を採り入れるのにふさわしくなっている。

 空には小鳥が数羽連れ立って飛んでいる。友達だろうか、親子だろうか。

 牧歌的な雰囲気に和むが、「ルゥ?」と、追い打ちをかけられた瞬間、カップとポットがぶつかって、ガチャリと耳障りな音を立てた。

「……レオン様。付き合う、とは?」

 朝から書斎に籠もり、昼食もそこそこに書類仕事をしていたレオンハルト・ローゼスは、ようやく一息を入れる気になって、休憩用のソファに移動している。

 長い足を組み、ルゥが選んだ茶菓子をつまむ指先は、手入れが行き届いていた。まだ茶の用意ができていないから、要はつまみ食いなのだが、行儀の悪さを感じさせない気品があった。

 ルゥはレオンのことを、彼が七つのときから知っている。当時から彼は、「王子様」という言葉から、万人が連想する姿そのものだった。

 少し長めの金髪を、今は家にいるからと、後ろで緩く束ねている。春の穏やかな光を受けて照り輝く様に、ルゥは目を細めた。

「もちろん、恋人として付き合ってほしいと言っているんだ」

 カップに欠けがないことを確認してから出した茶は、彼の好みに合わせて渋めに淹れてある。自分でぐいっと飲み干して、冷静な頭と心を取り戻したいところだったが、レオンに差し出した。

 まじまじと覗き込んだ紫の瞳は神秘的で、何を考えているのか、凡人には皆目見当がつかない。笑顔は誠実そうに見えるが、その実、ほの暗い闇を宿しているようにも感じられて、ルゥはそのまま彼の視線に囚われるような気分になる。

 内心の動揺を顔に出さないように努めつつ(とはいえ、顔に出る性質のため、レオンにはバレバレだったかもしれないが)、ルゥは直立不動の体勢で、「いったいどういう訳なんです?」と、尋ねた。

 満足そうに茶を一口啜ったレオンは、くるりと指に毛先を巻きつけて、いたずらっぽく微笑んだ。

 三つ年下の男は、とうに成人している。次男だが、王都での政治に忙しい兄に代わって、領民たちの暮らしをよりよくしていこうとする、努力家だ。

 だが、こういう子どもっぽい仕草が不思議と似合ってしまうのも、レオンの魅力のひとつであった。

「リズがね」

 その一言に、ルゥは一気に気分が急降下するのを自覚した。笑顔を浮かべてはいるものの、「またかよ」という感想を、思わず漏らしそうになる。

 リズ――エリザベス・ローゼスは、公爵家の末姫様だ。レオンよりも五つ下。ひとり年の離れた末っ子は、身体が弱く、王都の喧噪の中では暮らしていけない。大部分の貴族が通う学園にも行かず、領地の屋敷に引きこもって暮らしている。

 彼女はまさしく、「お姫様」だ。王子様(レオン)の妹がお姫様なのは、当たり前だが。他の家族よりも淡い色彩で、ルゥが見るリズは、いつも顔色が悪い。

 そんな末娘を、公爵家の人々は溺愛している。その中でも、レオンの彼女への献身は、群を抜いていた。

 熱を出して食欲がないと聞けば、わざわざ解熱に効果のある薬草を取り寄せ、お抱えの医者に煎じさせる。

 しかも、「こんな苦いもの、リズに飲ませるわけにはいかない!」と、より効果的かつ飲みやすい方法を、わざわざ自分で人体実験するほどだ。レオンがきっかけとなり、新処方が完成し、一般に普及したことすらある。

「エリザベス様が、付き合うようにとお願いされたんですか?」

 レオンが茶を一口含んだ段階で、厳格な主従の関係は少し崩れる。

 他の誰もいない場所、休憩時間くらいは、気安い友人であってほしいというレオンの願いを、ルゥは従順な部下の顔で、聞き入れていた。

 実際には、友達になどなれない。自分たちの間には、身分の差が厳然と存在している。

 レオンは小さく溜息をつき、「そうなんだよね」と、苦笑した。

「ルゥは、シューレン王国のことを知っているかい?」

 ルゥは首を傾げて考える。

 幼いレオンは「ルゥと一緒じゃないと学園に行かない」と、子どもらしい我が儘を言い、手放さなかった。諸事情により、王都に行くことのできないルゥは、結局領地に置いていかれたけれど、帰ってきたときに一緒に勉強をする約束をしてしまったため、ついていくのに必死になった。

 そのおかげで、苗字を持たない平民の割には学のあるルゥだったが、主人の身の周りの世話をするのが仕事だ。領地経営や経済活動については、必要以上に踏み込むつもりはない。

 かろうじて、シューレン王国について知っているのは、海向こうにある魔法大国であるということ。そして。

「去年でしたっけ? 王太子とその婚約者が、それぞれ『真実の愛を見つけた!』って言って、結婚式当日に駆け落ちしたの」

 我ながら、三流新聞のゴシップしか思い浮かばないあたり、嫌になる。

 密やかなルゥの自己嫌悪には素知らぬ顔で、レオンは人差し指を突きつけ、「そう、それそれ」と、のんきな顔で肯定した。焼き菓子をつまみ、笑顔になる。

「王太子は騎士団長の息子と、婚約者は親友の伯爵令嬢と駆け落ちしたんだよね」

 家同士の結びつきを強めるための政略結婚に、当人たちの意志は関係ない。王子様とお姫様は、末永く幸せに暮らしました……そんな結末は、おとぎ話の中にしか存在しない。 

 実際の貴族は、仮面夫婦が圧倒的に多い。婚姻関係を結び、子を成す。血を繋ぐ責任を果たせば、その後は愛人をつくり放題。ローゼス公爵夫妻は、比較的仲良くしている方だと思うが、ルゥの知らない「何か」があっても、驚くことではない。

 法的に結ばれずとも、同性愛は特に禁じられているわけでもない。自由恋愛ならば結婚後でもいいのに、かの国の王太子たちは、婚約破棄の愚行を犯した。とんでもない醜聞は、海を超えてこの国にも面白おかしく伝わっている。

 レオンは一度立ち上がり、机の引き出しから一冊の本を取り出し、手渡してくる。ルゥは顔をしかめて、パラパラとページをめくった。本を読むのは、昔から苦手である。

 冒頭で小説ということがわかったので、ラストシーンまで一気に飛ばした。まどろっこしい展開を、順番通りに辿るのは面倒だった。

 レオンは苦笑いしながら、説明をしてくれる。

「シューレン王国で出版された小説だ。簡単に言うと、王太子たちの騒動を美化した物語になっている。なかなか面白かったよ」

 次代を担う王太子の出奔は、政治的な弱さを露呈する。対外的に嘲笑され、軽んじられるのは当然だ。

 シューレンの上層部は頭を悩ませた末に、おおいに脚色した物語を出版した。内情は当事者にしかわからないが、お涙ちょうだいの恋愛物語にした結果、

「うちの国だけじゃなくて、いろんな国で一大ベストセラーになっているんだよね」

 とのこと。作家の腕の成せる業か、それともインクや用紙に魔法を使ったのか。とにかくシューレン王国だけではなく、売れに売れているらしい。小説に興味がないから、ルゥが知らなかっただけのようだ。

 それで? という表情を隠さないルゥに、レオンは神妙な顔をして、指を組んだ。

「売れているだけならいいんだけどね。現実の世界にも影響が出ているんだよね」

 どういうことか理解できないルゥのために、レオンは言葉を尽くして説明をした。

 爆発的に小説が流行した結果、後追いの同性間恋愛を扱う小説の出版も増えたこと。

 まぁ、それは理解できる。一匹大きな魚が釣れたら、二匹目を狙って多くの釣り人が漁場に集うのは、世の中の真理というものだ。

 問題は、それが虚構の物語世界にとどまらなくなってきたことだった。

「最近、婚約破棄が横行していると思わないか?」

 読書は嫌いだが、三流のスキャンダル紙は、使用人仲間の間で回し読みされており、ルゥも暇つぶしに目を通していた。

 先週号では、どこぞの伯爵家のご令嬢が、自殺未遂を起こしたとかなんだとか。あれも、婚約破棄が理由だと書いていた気がする。

「まさか、その理由って……」
「そう。『真実の愛』ってやつさ」

 レオンは、ここまでで一番大きな溜息をついた。

 物語が現実を浸食している。生殖を伴わない恋愛こそ、究極の愛情であるという思想が蔓延し、若い貴族を中心に、同性間恋愛が流行している。

 相手が同性と恋に落ちたのなら、「おめでとう」と祝福して穏便に別れてあげましょう。ヒステリックに糾弾するなどもってのほか。

 最新の貴族恋愛事情に、ルゥは絶句した。レオンも、「気持ちはわかる」と、目を閉じてうんうん頷いている。

「え、それでどうしてエリザベス様が……」

 関係あるのか、と問いかけて、「まさか」と目を見開く。

「そういうこと。あの子も感化されてしまってね」

 遠い目をしたレオンは、それでもやっぱり、天下のシスコン兄であった。

「『いつ命を落とすともわからぬ儚い身です。わたくしも真実の愛というものが存在するのだと、この目に焼きつけたいのです!』なんて、とうとうと熱弁を振るわれてはね……」

 普通はそんな妄想は、切って捨てるものだ。ルゥには現在、兄弟はいないけれど、自分の身内が血迷い事を言い出したら、気でも狂ったのかと頬を張り飛ばす。

 もちろん、か弱い妹相手に手を上げることはしないが、レオンもエリザベスのことを、少しは説得してほしいものである。

「だから、頼むよ。僕にはルゥしかいないんだ」

 眉を下げた情けない表情も、美形がすれば様になる。ルゥしかいない……その言葉が、エコーがかってリフレインしていく。

 んん、と、ルゥは咳払いをした。もったいぶって、「仕方がありませんね。エリザベス様のお願いですものね」と、あくまでも渋々、という演技を貫く。

「本当にいいのかい?」

 頷けば、にっこりとレオンは笑う。

 この田舎ではめったにないが、王都の社交界にひとたび出れば、未婚の令嬢、だけじゃなく、若いツバメを囲うのがステイタスのご夫人方にも注目の的。

 ただし、そういう場でのレオンは、途端に不機嫌に仏頂面をする。この輝く表情を知っているのは、家族以外だと、自分しかいない。

 その事実が、ルゥに優越感を与える。

「じゃあ今度、リズに報告にいかないとね」
「ええ。エリザベス様のお体の調子がよいときにしましょう」

 冷静に言い放ち、使い終わった茶器を片づけに行くからと、退室する。そのまま二歩、三歩と早足を保ち、廊下の角にさしかかったところで、ルゥは歩みを止めた。壁にもたれかかって、ずるずるとしゃがみこむ。

 顔が熱かった。先ほど喋っていたときのレオン以上に、深い溜息が自然と漏れた。

「あ~……クソ。顔あっつ……」

 にやけていなかったか。普通の顔ができていたか。茶の味はおかしくなっていなかったか。

 かりそめの恋人であっても、嬉しいと思ってしまったのに、レオンは気づかなかっただろうか。


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万が一続きで中編サイズのものを書くことになったときには、500円に値上げします。(たぶんない)

子どもの頃に自分を助けてくれたレオンに忠誠を誓い、あれこれと世話を焼くルゥ。美形で賢い貴公子のレオンには、唯一の欠点があった。それは極度の…

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