【創作】無題①【百合/男女/NTR/3P】

今年書いたけど公募に出さず放置していたものです。
供養!
①だけ全体公開です。
(FANBOX版①、②)



「近田先生の描く女の子可愛いし、エッチな感じがするから、TL漫画、描いてみませんか?」

 戦力外通告を薄めて薄めて、苦い味がしないようにと考えた結果、こうなったのだろう。学生時代にデビューしてから十年。賞味期限としては長かったのか短かったのか……やっぱり短かったな。

 その間に私は学校を卒業し、就職した。でも、すぐに身体を壊したために、漫画家一本で頑張ることを決意した。それから、結婚も。

「もしやる気であれば、うちの会社のTL雑誌を紹介しますし、BLやTLは、電子も強いですからね」

 三人目だか四人目だか忘れた担当さんは、淡々としている。私にとってはたった一人の担当さんだが、彼女にとって私は、大勢いる漫画家のうちの一人だ。長々と時間を取ってもいられないのだろう。

「ちょっと考えて、またメールします」

 それだけ言うと、私は喫茶室を出た。

 突風が吹いて、コートの前をかき合わせる。春一番は名ばかりで、まだまだ冬だ。手にしたストールを厳重に巻きつけて、無意識に「へ」の字になりそうな唇を隠した。

 TL漫画の存在は知っているし、評判になっているコミックは、読んだこともある。実のところ、少女漫画に手詰まりを感じていて、こっそりと描きあげ、持ち込みをしたことさえも。

『女の子の顔は可愛いけれど、エッチシーンがドキドキとかムラムラとか、全然してこない』

 結果は酷評、そしてボツ。

 向いていないのだと思って、元々のフィールドでのブレイクスルーを目指していたけれども、それももうだめだ。最後通牒を食らってしまった。

 担当さんと会うときだけ履くパンプスの爪先で、道端の小石を蹴り飛ばす。コツコツと音を立て、側溝に転がり落ちた。

 私もこの石とおんなじ。高校のときから、メインストリートを外れまくっている。

 漫画を読んだり描いたりは好きだけど、美術部の友人たちみたいに、BLには興味がなかった。ジャンプが回し読みされる中、ひとりだけ少女漫画を読み続けていた。

 それは大学に入ってからの漫研も同じ。しかもたまたま運良くデビューが決まると、「漫画家先生は部誌なんて描いてる暇ないでしょ」と仲間はずれにされるようになり、結局、行かなくなってしまった。

 立ち止まり振り返った影の長さで、我に返った。

 ああ、早く帰って夕食を作らないと。今日はあの人、早く帰ってくるんだから。

※※※

 TL漫画を描けないのは、そもそもセックスが好きじゃないからだ。

 上に乗ってくる旦那の身体が重い。抱きしめられ、キスをされる。入り込む舌が気持ち悪い。

 愛情がないわけじゃない。お見合いで出会った人だ。熱烈な恋愛感情があるわけではないが、穏やかで、私が漫画の仕事をすることを認めてくれて、〆切前の修羅場のときには、レトルトや出前が増えることについて、文句も言わない。私には、過ぎた夫だと正直思う。

 彼は私の三つ上で、長男だ。義妹と義弟はまだ結婚しておらず、その分、義両親(特に義母だ)からの「孫はまだか」という期待は夫にかけられる。

 結婚してから三年。新婚気分を云々という言い訳は通じない。

 女子高育ちで美術部で漫画オタクという根暗な私にとって、旦那は初めての男である。

 キス以上の描写がある少女漫画では、初体験はロマンティックに演出される。点描や花のトーンが駆使され、涙と笑顔で快楽に溺れる。私もそんな初めてがいい……なんて、夢を抱いていた。

 結婚後に夫の身体を受け入れた。恥ずかしくて、目が開けられなかった。まさぐられ、舐められ、貫かれた。レースも花も幻想的な点描も、私の初エッチにはなかった。当たり前だけど。せめてシーツは、可愛らしいものにしておけばよかったのかもしれない。

 水曜日と土曜日、週二回。セックスは夫婦の義務だ。中に彼の精子を受け止める。妊娠する気配はないが、私も彼も、まだ焦っていない。

 ただひたすら、唇を噛みしめて耐える。途中で快感の波が来ても、私をすべてさらい、押し流すことは一度もなかった。

 射精に至った夫は満足げに私の頭を撫でる。ありがとう、と落ちてくるキスが気持ち悪い。彼に背を向けて目を閉じても、なかなか眠れなかった。

 セックスって、なんだろう。

 その答えがわからない限り、TL漫画なんて、描ける気がしない。

※※※

「なんか、今日、元気ないんじゃない?」

 彼女は私の指先に視線を集中させたまま言った。顔を見てもいないのに、どうしてわかるのだろう。

 私の驚きもまた、彼女にはお見通しだったらしく、「わかるよ。何年の付き合いだと思ってるの」と笑い、ようやく顔を上げた。

 きれいなミルクティーベージュに染まった髪の毛は、学生時代の金髪よりも似合っている。メイクもこなれていて、ファッション関係の職についている人間にふさわし
く洗練されている。

 おそらく私と違い、近所のコンビニに出かけるときでさえ、口紅を塗って出かけるのだろう。私はちょっと遠くに外出するときにしか化粧をしないため、ちっとも上達しない。

「私はエミリの機嫌なんて、わかんないよ」

 爪の上にラインストーンを配置するピンセットを見守りながら、唇を尖らせた。芙由子がわかりやすいだけだよ。言いながら、エミリはネイルアートを完成させる。

 高校時代からの友人であるエミリは、マンションの一室を借りて、プライベートネイルサロンを開業している。爪をきれいにするだけでなく、エミリは美容やファッションの話題も豊富で、恋愛相談にも乗ってくれる。若い女性たちの口コミで火が付き、一日三組という予約枠は常にいっぱいである。

 オシャレをしない私だけれど、「練習台になってよ」と、独立する前に彼女に頼まれて、そのままずるずると月一回、彼女のネイルケアを受けている。

 まあ、夫は一切気づいてくれないんだけど。爪、きれいになったね。可愛いね。そう言ってくれるだけで、私の気分は上がるのに。

「それで? どうしたの? 仕事? それとも旦那さん?」
「うーん。どっちも、かな」

 男に縁のない女子高時代から、エミリは派手な異性交遊のウワサに事欠かなかった。文化祭のときに、他校の男子と歩いていただとか、大学生のチャラそうな人と腕を組んでいただとか、果ては学校の先生と寝てるだとか。

 エミリも噂になった教師も、罰せられることがなかったということは、根も葉もないデマだったんだろうけれど、男性経験が夫以外にない私とは違い、彼女が経験豊富だというのは間違いない。

 夫婦生活について話したら、既婚マウントだって嫌われるかもしれない。でも、エミリはそんな子じゃない。

 赤裸々な夫婦生活について話すべきか悩んだ末、私は口を開いた。ネイルが乾くまでの待ち時間は、人を饒舌にさせる。

 少女漫画ではもうやっていけないと言われたこと。TL漫画に挑戦してみたものの、ボロクソに貶されたこと。夫に誘われることが苦痛なこと。

「私って、セックス向いてないのかな。根っからの喪女ってやつかも」

 結婚してるのに変だよね、ごめんね。

 結婚したくてたまらなくて、でもいい相手が見つからなくて悩んでいる人に比べたら、贅沢な悩み事だ。エミリはそういう人たちの相談や愚痴を聞いてきただろうから、彼女たちの立場に立つだろう。

 怒られるかな? それとも笑われる?

 しかし、エミリの反応はそのどちらとも違った。

 彼女は私の手を取った。すでに乾ききった爪はつやつやと光り、エミリの指に絡め取られるがままにされている。

「性の不一致で別れる夫婦なんて、ごまんといるよ」
「いや、別れたいかっていうと、そういうわけじゃないんだけどさ」

 好きか嫌いかで問われても、第三の回答「わからない」を選んでしまう。

 もっと学生時代に恋をしておけばよかった。キスもセックスも経験しておけばよかった。たらればだけ繰り返すわけにもいかず、妥協して生きている。

「芙由子はもしかしたら、性欲と恋愛感情が一致しない人なのかもね」
「何それ」
「恋愛対象は異性でも、その人とセックスしたいとは思わない人」

 哲学的? というのとも違うか。恋愛感情は、少女漫画ならキスをしたくなるし、TL漫画ならセックスをしたくなる引き金。そういうものなんじゃないの。

「あるいは、男性だけが相手だと思い込んでいるけれど、本当は同性の方がいいとか」
「え?」

 まさか。ないない。冗談でしょう?

 笑って茶化そうとした私に、エミリは真剣な目を向けてくる。

「ねえ、私の爪、ネイルチップだって知ってるでしょ?」
「ええ? う、うん」

 唐突な話題転換についていけない。いつもきれいな彼女の爪は、シールでペタッと貼り付けるタイプのつけ爪だというのは、私が練習台を引き受けるようになってから、何かの話のついでに聞いた。

 エミリはつけ爪を剥がした指先を、ぺろりと舐めた。磨かれてはいるものの、地爪は短く整えられていて、角がなかった。思わず釘付けになる。

「女の子の繊細な身体を傷つけないために、直接ネイルしないの」
「!?」

 だからね?

 唾液で湿った彼女の人差し指が、私の唇を押した。身動きひとつ、取ることができなかった。

「試してみない?」

 甘くとろけた目元に、私は。

 私は。

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