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授業中にお絵描きしてもいいの?

表現療法について

アメリカで
Expressive Therapy (表現療法)の枠組みの、
Drama Therapy (ドラマセラピー)の修士課程で学んでいます。

Expressive Therapy (表現療法)には、
書く、描く、動く、奏でる、演じる、創る
等を用いて個人の問題の解決に導き、癒しを得るというもの。

色々な表現をやるその過程
それを見せること、見てもらうこと
感じたことを言葉に出す、音にする、動く、、、
そしてまたそこから色々気付きが生まれていきます。

これらを説明する方法をもう少し自分なりに見つけていきたいと思っています。

こっちの方が心地よい

パレットの画像

さて、私は大学院に入る前、日本にいた頃は、
対人援助業界の人が参加するドラマワークショップや
演出家や俳優が参加するワークショップに一緒に参加させてもらうことがよくありました。

でもそれは大学を卒業してからがほとんどで、やっぱりそこで得た経験はどこか日常生活とは切り離されていた感覚があったのです。

ワークショップの中では体を動かしたり、声で表現することがあっても、
日常に戻るとその世界観はほぼ薄れる。

まあ当たり前ですが、そのことをあまり自分のことに反映させることもなかったように思います。

でも今、大学院という学び舎、学問の世界に再び入り、授業を受けていて気付いたことがあります。

私は文字よりも、落書きのような絵を書く、図を描く、色をつける、動く
方法で理解したり自分の頭にあるものを出す方が向いていたのです。

論文を書き上げることがゴール地点にある
大学院に入っておきながら、なんぞや?!
と思われることでしょう。(もちろん文字を書くペーパーはこなしています!)

そして文字の方が安心する、という人もいます。
私の友人はまるで正反対で絵を描いたり体で表現することに不安を覚えるようです。

そんなことしていいの?

大学院の授業はドラマセラピー学科のクラスメイト以外にも、アートセラピー(描画や造形など)、音楽、ダンスムーブメント、表現アートセラピー学科の学生と一緒に授業を受けることもあります。

先生の講義を聴いている時や
その週のディスカッショントピックについて担当の学生が前に出て話し合いを聴いている時

私がそれまで知っていたのは、ノートやPCに文字を書いていく、というものだったのですが、

ふと周りを見たらなんとクレヨン出してお絵描きをしている学生、
線を書いている学生、
図を描いている学生がいるじゃありませんか〜

特にアートセラピーの学生はお絵描きがすぐ隣にある状態の学生が多い。
一緒にペーパーをやる時も「ちょっと休憩」と言ってクレヨン出してぐるぐるものを描いたり、イラストを描いたり。

クレヨン等で遊ぶ
アートセラピーの学生と遊んだ時に持ってきてくれたチョークやクレヨンで遊んだときの写真

先生もそれを特に気にすることなく、周りも気にせず、
本当に当たり前の雰囲気でした。
(先生の反応を気にする、というのはおそらく日本を含むアジア圏の文化や教育環境が影響していると思うのですが、それはまたどこかで書きます。)

これはオンラインの授業では気付かなかった。
なんだかそういうやり方や雰囲気が私はとっても心地よいことに気付きました。

学生時代にこういうやり方をもっとやっていたらどんなふうに物事を理解していたのだろう、と考えます。

こういうやり方を「やってもいい」ことに気付いていなかったのだなあ、と自由にお絵描きをしている様子を見て思うのでした。

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