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 私は子供の頃、クモを食べてみたいと考えていた。足が八本あるあの蜘蛛ではない。空に浮かんでいる、あの雲だ。少年の頃の純粋な夢は、今まさに果たされようとしている。

 あの夢を追いかけて数十年。遂に、私は雲を固める薬品を完成させた。これまでの道のりは平坦なものでは無かった。誰も私の研究を理解しようとせず、他の研究者から鼻で笑われる日々だった。私の助手たちは次々に辞めていき、資金援助を約束してくれた協力者からも逃げられた。正直、雲を食べるという夢を諦めようとさえ考えた。

 しかし、国内でも指折りの大富豪であるユー氏から私の協力者になるというお話を頂いてから、全てが上手く回り始め、遂にこの日を迎えることが出来た。

 ユー氏が所有しているジェット機で雲に接近して、大量に雲を集める。大きなガラス瓶に雲を入れて蓋をすると、すぐにユー氏の豪邸へ戻った。

 ユー氏の豪邸の一室にある研究室に戻った私は、ガラス瓶の蓋を少し開け、雲が固まる薬を数滴垂らす。すると、雲は瞬く間に固まり、雲の形をした白い固体になった。これには、私の隣にいるユー氏も感嘆の声を漏らした。

 長年待ちわびたその瞬間がやってきた。私は割り箸で固まった雲をつかむ。この雲はどのような味なのだろうか。綿あめのように甘いのだろうか、と私は考えながら口に入れた。

「まずい! 何だこの味は」

 私は思わず雲を吐き出した。とても美味しいと言える代物ではなかった。胃がむかむかして、口に腐った牛乳とすさまじい酸味が混ぜ合わさったような気持ちの悪い味が残る。ここまで不快な味は初めてだ。

 私の反応を見てユー氏も雲を口に入れる。彼も私と同様、洗面台へ雲を吐き出す。そして、口をすすいだユー氏は私に告げた。

「これは生活排水が原因なのではないかね? 汚染された水はいずれ雲になる。おそらくこの気分が悪くなる味は、生ごみや捨てた油、薬品などが混ざって出来たものなのだよ」

「つまり、私たちは人間が汚した水を食べたということなのですか?」

 私の質問にユー氏は「そうだ」と即答した。この数十年で技術は飛躍的に進歩した。しかし、それと同時に生活排水の問題も深刻になっていた。私たちはそれをおざなりにしていたのだ。

私はこれまでよりも一層何とも言えない気持ち悪さを覚え、飲みこんでしまった雲を吐き出すためにトイレへと駆け込んだ。

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