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記憶を紡ぐ糸 第1話「喪失と出会い」

 人間の記憶は、糸を紡ぐように断片的な記憶を繋ぎ合わせることで成り立っている。人間の脳はそれぞれの断片的な記憶を保存して、これまでの記憶に繋ぎ合わせていく。なかなか優れた機能を持っているようだ。

 しかし、保存したはずの記憶がすべて失われたらどうなるのだろうか。思い出すものが無ければ、何も引き出すことは出来ない。

 私には記憶が無い。自分がどんな人間で、どんな人生を送ってきたのかも思い出すことが出来ない。これまでに分かったことと言えば、高宮(たかみや)若葉(わかば)という自分の名前、誕生日、年齢が二十歳だということ、血液型がA型だということ、立花女子大学という大学に通っていたということだけだ。

 三ヶ月前、私は周辺に木が生い茂る人気の無い屋外の階段の下で、頭から血を流して倒れているところを発見された。見つけたのは、偶然近くを通りかかったという私より少し年上で痩せ型の男性だった。彼は自分のことを思い出せなくて混乱している私を車に乗せて、近くの病院まで連れて行ってくれた。診断の結果は逆行性健忘、つまり記憶喪失だった。記憶を失った原因は、やはり頭部の外傷によるものだった。

 私が所持していたのは、三八五一円が入った財布だけだった。携帯電話などは所持していなかったらしい。財布の中にあった学生証から、自分の名前・年齢・生年月日を知ることになった。

 名前を知り市役所で住民票を調べたところ、どうやら私はアパートの一室を借りて一人暮らしをしていたということが分かった。

 そんな時に、助けてくれた男性が、私を一時的に預かると言ってきた。彼の名前は八神(やがみ)友一(ゆういち)。この市役所に勤める職員だった。彼の優しげな瞳の中に、強い意志が隠れているように見えた。その時、私は彼と同居することで失った記憶を思い出すことに決めた。

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