親友、中根正博のこと
粗大ごみの日、親友のお母さんに会った。小学校時代のつれ、中根正博君のお母さんだ。
正直、僕があまりに親分風を吹かせるものだから、中学に入る少し前から彼には避けられるようになった。大人になってからは風の噂でしか彼に触れられていない。
幼稚園の年長の時、となり町の幼稚園から引っ越してきた。
「中根正博くんです」
「みんな仲良くしてくださいね」
「は~い」
中根はその間ずっと、おへそを出してアホっぽい顔をしていたのだ。
「こんなアホと仲良くするか」
僕は嫌なヤツ全開の思考を展開していたのである。
数日後、友人が話してくれた。
「転校生さ、」
「女と遊んでたぜ」
「アイツって女じゃね?」
「うはは」
あまりに大人しかったから、彼はしばらく一人っきりでいた。転校生はそんなものかもしれないけれど、優しい女子が見かねて声を掛けてくれたのだ。
しばらくして、僕は保くんという親友に2日連続誘いを断られるハメになる。
「遊ぼう」
「今日、公文があるからムリ」
突然一人ぼっちになった気がして、なぜか中根のことが頭に浮かぶ。
あいつの家は知らなかったけれど、僕の家から100メートルのところに新しい家ができていた。
「あれ多分中根の家だ」
「ちょい行ってみるか」
「違ったら『間違えました』って言えばいいし」
最初、勘で行った。
「な~か~ね君!」
おばあちゃんが出てきたけれど、すっとんきょうな顔をしている。
「誰?」
「松井勇人です」
「松井勇人って誰?」
「正博くんの友達」
「高南幼稚園で同じの」
「うちの子は南幼稚園だよ」
「引っ越してきたでしょ!」
「新しい幼稚園で同じクラスになっただよ!」
「あ~、引っ越したっけね」
「そう言えばそうだった」
「お~い、」
「お~い、」
「正博~~~!」
中根のおばあちゃんはまだ若かったはずだが、意味が通じなかった。なんとなく帰ってほしい感じだったけれど、根性で粘って中根を呼び出してもらった。
「通じたか」
「ギリセーフ」
そんな感じである。
中根は中根で、幼稚園で一度も話もしたことがないヤツが突如として自宅にやってきたものだから、僕の顔を見たとたん、奥に逃げようとした。
僕はそれを見越していて、ヤツが背を向けた瞬間大きな声をかけたのだ。
「お~~~~~!!!」
「正博く~~~~ん!!!」
「会いたかったよ~~~~~!!!」
心の友と再会したかのように叫ぶと、まんまとヤツは玄関口まで引き寄せられてきた。
「俺んち来て!」
「中根くんには絶対来てほしかったんだよ!」
保くんに振られるまで一切中根のことなど気にかけもしなかったから、口から出任せである。中根は僕の家までの100メートルを、ドナドナの子牛のような目をして無理やり歩かされた。
「よし、このド陰気バカを元気にしてやろう」
僕は持ち前のありがた迷惑精神を最大限に発揮することにしたのである。
階段にぶら下がって、
「見て!」
「やってみて」
と誘うが、
「僕いいよ」
とのたまう。
2日連続「僕いいよ」と言われたから、
「出た!」
「陰気バカ!」
「ひゃひゃ」
と罵詈雑言を浴びせてやった。
3日目になると元気になり、階段にぶら下がり始めた。
4日目になると、僕より調子に乗り始めた。
「ふざけんなバカ!」
キレてたしなめた。このあたりから、嫌われる兆候があったのかもしれない。
小学校に入る頃には、無事とんでもないお調子者になっていた。集団登校のお姉さんたちに、「バカ根」とあだ名を付けられるほど。その名の通り、まったく勉強ができなかった。
高校になるとヤンキー風に格好をつけ出す。
僕の高校のイキっている同級生から、
「松井って、中根さんと仲良かったの?」
と、ビビりながら話を振られた時には、「あいつ出世したな」と林と語り合うことになった。世渡りの上手いヤツである。
高校三年だったか、同じ町内の同級生のお母さんのお葬式があった。皆で集まったけれど、中根は、
「俺、勉強ぜんぜんダメだわ」
と変形させたハンドルの自転車に乗ってヘラヘラしている。聞くところによるとアホ高校を落第寸前になったらしい。
高校を出ると中根は地元のエレベーターを作る会社に就職したと聞いた。
時々、風の噂があった。
「犬を飼って散歩してるよ」
「30の時、結婚したよ」
「中根さ、突然『俺、アメリカ行くわ』って言って、アメリカ行っちゃったんだぜ」
「カッコいいと思ったね」
幼馴染の塩谷が教えてくれた。
そんな中根のお母さんと久しぶりに顔を合わせたのである。
「おぉ、こんにちは」
「正博くん、どうしてます?」
僕は期待せず聞く。
「え?」
「どちらさま?」
「は?」
これは血筋かもしれない。
「松井ですよ」
「そこに住んでる」
「あぁ」
「久しぶりね〜」
「中根っち、アメリカ行ったって聞きましたけど」
「ホント?」
「えぇ、そうなの」
「弟は大学行かせたんだけど、『俺も行きたかった』って言って・・・」
お母さんが本当に申し訳なさそうな顔をする。
「なんにも勉強してなかったんだから、行かせる方がおかしいら」
「ハハ」
「それがね、」
『俺、死ぬ気で勉強する』
『だけどもう歳だから、アメリカの大学に行く』
「って言って、アメリカの大学を卒業したの」
「マジで?」
「死ぬ気で勉強して出来るようになるもんじゃないに?」
「はは、そうなのね」
「会社も大卒じゃないと雇ってくれなくて」
「日本の会社に就職して、」
「会社がアメリカ展開するとき、『英語話せて信じられる人間はお前だけ』って」
「デンソーと取引してる会社のアメリカ法人を立ち上げたのよ」
「それで今はね」
「アメリカで社長してるの」
「えぇぇえ!!!???」
「マジで!?!?!?」
「嘘でしょ???!!!」
「本当なのよ」
「子供がいるんだけど」
「一人は同志社国際高校で英語をみっちりと勉強して、今度飛び級でアメリカの大学に入るのよ」
「お兄さんはもうアメリカの大学に通ってるわ」
「そんな勉強熱心だったっけ?」
「どうしちゃったんだよ?」
「本当にどうしちゃったんでしょうね」
「奥さんの頭がいいんじゃない?」
「あぁ、奥さんの頭がいいからね」
一瞬不服そうだった。死ぬ気で勉強した話を完全スルーしたからだろう。
僕はそこまで頭を働かせることができなかった。30年来、バカ根はアホ高を落第寸前だと思っていた。
バカなのは僕の方である。
「マジか~~~」
「はぁぁぁぁ」
「やっぱ中根は凄いなぁ」
彼の頑張りを嫉妬せずに喜べるのだから、僕もまた頑張っているのだろう。
でも僕は中根にも高辻にも出世頭の塩谷にも、親友たちには一切勝てないでいる。正直、いくらイキっていてもこんなものだ。
いやいやいや、積小為大ではないか。
一歩一歩やっていこう、と思う。
お読みくださいまして、誠にありがとうございます!
めっちゃ嬉しいです😃
起業家研究所・学習塾omiiko 代表 松井勇人(まつい はやと)
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