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まだ泣きやめない

山中湖で呑んだ朝、友人から電話があった。

「珍しいな、H」

「・・・・」
「悪いニュースがある」

またトラブルか。
どうして俺はこうトラブル続きなんだ。

「分かった」

ため息が出そうだ。

「Aが死んだ」
「自殺らしい」

「・・・」

「勇人の周りにも連絡してくれ」
「葬儀の日程は、後でな」
「先に事実だけでも」

「ああ」
「連絡ありがとう」

Aとは幼い頃、「親友だね」と話した。

中学に入って疎遠になった。
大人になった今は、年に数回挨拶するだけの間柄でしかない。

たいして悲しくもないだろう。電話を切りながら、そう思った。

彼の死はこたえた。

俺はこんなに人間らしい奴だったのか、そう思うほどに。
亡くなって二週間経つが、まだ込み上げてくる。


彼とは似ていた。

かつて私は六年間引きこもりだった。毎日酒をのみ、意識を朦朧とさせた。

抑鬱で階下の便所に降りることができず、バケツに用をたした。真夏に二ヶ月、同じシャツで寝たきり。汚れた下着は捨てるしかない。これが三年続いた。

酒を飲めば忘れられるから、4Lの焼酎を三日で空ける。酒は親が買ってくれた。

自殺はできなかった。どんなに酩酊しても怖かったのだ。

彼は自殺した。

あの時の私より遥かに寂しかった。人が耐えられる辛さではないと思ったが、Aはさらに辛かった。

「そんなに寂しかったのか」

しばらく、ずっと呟いていた。



快活な奴だった。

隣の幼稚園から越してきた。
小一のクラス発表の時、私と同じクラスに彼の名前があった。

「だれだろう?」

「あ! A君だ!」

親友のBが、転園する前の幼稚園で一緒だったと、はしゃぎながら語る。

「いいなぁ」
「A君と一緒のクラスになりたい!!」

Bはしきりにそう言った。

「人気のあるヤツだなあ」

「そりゃ、あるよ」
「だって、A君だに」

「俺より人気あるのかよ?」

「ハハ!」

会う前から嫉妬していたことを、よく覚えている。

間もなく私とAは毎日遊ぶようになり、今度はBが嫉妬する番だった。

小二で隣町のスーパーまで行き、一緒に子供だけでスイカを買ったり、誕生日に三段重ねのケーキを食べさせてもらった。六年になると、Cを加えた三人で、10キロ離れたデパートまで歩いて行った。

五年の春ごろだったか、二人で私の家の押し入れに入り、好きな女の子を告白しあった。

彼が好きだったのは、クラスで一番背が高い女の子。僕が好きだったのは、エレクトーン教室で一緒の子だった。

六年になっても、飽くことなく語り合った。


Aが自殺する瞬間を、いつも思う。友と一緒にいたこんな記憶が、頭を駆け巡っただろう。地獄のような今ではない、天国にいたような昔の記憶。

それでも命を絶った。どれだけ悲しかったか。

想像だにできない。あの時の記憶を思い浮かべてなお、手を止められない。思い出と共に泣きじゃくって死んでいったのだろう。

分かるのだ。私が彼だとしても不思議はない。


生きられない奴ではなかった。

Aと一緒に歩いた10キロ先のデパートまでの道を車で辿った。彼の痕跡を探すために。建て替えてしまったから、同じ店ではないが。


子供が走っていた。屈託なく父親に話しかけている。

アイツと同じ笑顔だ。

「天使になっちまうとはな」

いつになったら、泣かないでいられるようになるのか。

駄目になりそうな奴を、天使のような生徒たちが正気に戻してくれる。屈託のない笑顔で。

やはり天職なのだろう。

ごめんね。
いつも助けてもらってる。
ありがとう。

またいつかAのことを話すよ。
アイツは、きっと大人になり過ぎちまったんだ。

生まれ変わったら、俺の起業家仲間と同じ、子供みたいにして頑張ればいい。

一緒にいてくれて感謝するよ、A。ずっと忘れないよ。

A rest in peace.

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