見出し画像

元気すぎる白雪姫の思い出

今はどうだか知らないが、私が小学生だった頃は、学年末にクラスで『お楽しみ会』なるイベントを催すことになっていた。班に分かれて、手品や寸劇、クイズなどを披露したり、先生のオルガンに合わせて(当時は各教室ごとにオルガンが置いてあった)みんなで歌ったり、フルーツバスケットや椅子取りゲームなどの全員で出来る遊びをしたりするのである。先生の用意したものだけれど、お菓子を教室で食べることも許される。小学生だった私にとってはとてもワクワクするイベントだった。

小学校二年生の時だったと思う。
班でお楽しみ会の出し物を何にするか話し合っていた時だった。
「白雪姫にしようよ」
女子はこういう乙女チックな寸劇をやりたがった。
「えーいやや!」
男子は勿論反対する。が、一人の女子の口から痛烈な一言が発せられた。
「白雪姫以外でなんかしたいのある?やりたいのないのに、反対だけするってずるいんとちゃう?」
Hちゃんである。みんなシンとなった。
Hちゃんは勉強が出来て、とてもしっかりしている。グダグダ言う男子なんて、あっという間に理詰めでやり込めてしまう。勝てる子なんてクラスにいない。
私達の演目は、白雪姫に決まった。

「白雪姫誰にしようか?」
誰かが言った。女子はみんなで目を見合わせた。
同じ班にはクラスで人気者のTちゃんがいた。色白で茶色がかった髪をしていて、ちょっとそばかすがあってカワイイ子だった。
Tちゃんが良いんじゃないかな。
みんなそう思った筈だった。しかし、
「私やるわ」
と手を挙げたのはHちゃんだった。
みんななんとなく目交ぜをして黙りこんだ。

Hちゃんのお母さんはウチの母と親しくしていた。ある時このお母さんが、
「ウチの姉がHを見てなあ、『あんた、自分の子やったら、この子でもカワイイと思うか?』って真剣に訊くねん」
とボヤいていた、と言って母が大笑いしていたことがあった。
そう、Hちゃんはお世辞にも『カワイイ』と言える顔ではなかった。某お好み焼きソースの袋にプリントされている、あの顔とよく似ている。しかも色が黒い。
しかし生憎、彼女の決定に抗えるほど強い子供はおらず、白雪姫はHちゃんに決まった。

「じゃあ、誰か王子様やってよ」
Hちゃんが男子を見回して言った。同じ班にはイケメンのO君がいた。野球も得意で、背が高く女子からの人気も高かった。
『誰か』とは言ってるけれど、Hちゃん、O君狙いなんだな。
誰もがそう思った時、
「オレ嫌」
O君がすげなく横を向いた。すると、
「オレも嫌」
「オレも」
「オレも」
男子全員が雪崩を打つように、拒絶反応を示したのである。流石のHちゃんも言葉を失い、泣きそうになった。私はHちゃんが気の毒になってしまった。
「私女子やけど、王子様やろか?」
つい妙な助け舟?を出してしまった。

かくして、私は小さな王子様になった。
当日、母から紫色の風呂敷を借りてマントにし、腰には厚紙で作った剣を下げ、白いハイソックスを履いて王子様ルックにした。
冠を被ってドレスに身を包んだHちゃんは似合っていたかどうかは兎も角、とてもご機嫌だった。

私達の劇が始まった。
Tちゃんが悪い継母をやっていた。どう考えても白雪姫と交替した方が良い、と誰もが思っていたが、誰も口に出さなかった。
「あの娘、私より美しくなっているなんて許せない」
というTちゃんのセリフがなんとなく空々しくて、私は落ち着かなかった。
毒リンゴを食べたHちゃんの演技は凄かった。毒リンゴを口にするや、それを教室の片隅に向かって勢いよく放り投げたかと思うと、走って床にスライディングして息絶えたのである。毒を口にした割には、随分元気な白雪姫もあったものだ。
普通に考えれば笑いの渦になるところだろうが、Hちゃんのあまりの真剣さにみんな固唾をのんで見守っていた。
横たわるHちゃんに、私が
「おお、なんと美しい姫君。せめて私の愛を受け取って下さい」
と言って顔を近づけ、キスする真似をする。そりゃ男子は嫌だったろう。
無事に白雪姫が目覚めて、二人はゴールインし、めでたしめでたし、となった。
結構拍手を貰えたような記憶がある。

Hちゃんのワガママな片思いを、みんなわかっていたのだろうか。
それとも単純に、やりこめられるのが面倒だったのか。
結局、誰もHちゃんを責めなかった。我儘は良くないことだけれど、好評だったしまあええか、くらいのユルイ感じだったのだろう。

Hちゃんは高校まで一緒だった。中高とソフトボール部に入って、益々色黒になっていた。結婚したかどうかは知らない。
O君は早々と結婚して子だくさんのお父さんになり、ウチの実家のすぐ近所に住んでいる。もう孫もいるらしい。
Tちゃんは高校卒業後、働きながら実家の菓子店を手伝っていると聞いた。カワイイ看板娘だったろうと思う。結婚も早かったのではないだろうか。
みんな半世紀近く前の寸劇のこと、覚えているかしら。
ちょっと訊いてみたい気がしている。