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面倒見の良い人

Uさんは大学の三つ上の先輩である。
私が入学した当時は、同じサークルで副幹事長を務めておられた。
幹事長がトップ、副幹事長はそのサポート役、というのが表向きの役割であったが、実質的には幹事長は対外的なお飾りで、運営の実権は副幹事長がほぼ全てを握っていた。
四年生まで七十人近くが所属する、結構大きめのサークルだったから、初めのうちは先輩方の名前を覚えるだけで精一杯だった。まして役員などとなると、名前は覚えても話はした事がない、という人ばかりだったから、Uさんは私にとってとても遠い存在だった。

Uさんは傍目にはとても『要領の良い人』に見えていた。
就職に強い、という人気のゼミになんなく入り、教授とも他の学生よりずっと親しくなっていた。
アルバイトで塾の先生をしていたが、生徒にも大人気だった。バレンタインもモテモテ?で、私達にチョコのおすそ分けをしてくれた。他の正社員の先生方にも可愛がられ、家族旅行に一緒に連れて行ってもらったりしていた。
この人はどうしてこんなに人の懐に入るのが上手なんだろう、と遠目に見ながら、いつも内心舌を巻いていた。

見た目はパンダみたいで、全く男前でもないし、背も低くてずんぐりむっくり。モテる、という風貌では決してなかった。けれど笑うと細い目が下がってとても優しい表情になる人だった。
でも先を正確に素早く見通す力があり、こちらを油断させないような、ピリッと鋭い雰囲気を腹の中に隠し持っている、私はそんな風にも感じていた。

四年生の時、バブル全盛期にもかかわらず、私は就活で行き詰っていて、なかなか思うような企業から内定をもらえずにいた。
周囲の友人達が次々と就職を決めていったり、公務員試験の準備を着々と進めるのを目の当たりにして、とても焦っていた。自分が何をしたいのかが全く分からず、でも何か動かなければならず、毎日暑い中様々な企業の説明会や面接に出かけては、肩を落として帰ってくる日々を過ごしていた。

Uさんの勤めている会社を受けよう、そんな風に思って私は連絡を取った。
この会社は巨大企業で、当時飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長していた。自分も『あの会社に勤めている』と思われたい、そんなよこしまな動機で厚かましくターゲットに据えたのである。
「在間、お前今週末空いてるか?」
話すうち、先輩がいきなりこう言いだした。
「お前さ、今のまま面接行っても残れんわ。ちょっと特訓したろう」
とても驚いたが、有難く会って頂くことにした。

「あんさ、お前も一生懸命やってきたこととか、あるやん?それをしっかりアピールせんと、お前っちゅう人間が何をやってきた、どんな人間かが伝わらんやん?おんなじことやってきた人間でも、『私はこんなことぐらいしかしてきてません』って思う人間と、『私はこんなことをしてきました!』って言う人間とやったら、企業が欲しがるのはどっちかわかるやろ?もっと自信持てや。はったりでええんやて」
待ち合わせた喫茶店で、面接の練習のようなことを小一時間やってもらった後、Uさんはこんな風に言って、私を見て笑った。
優しい笑顔だったが、その目は『逃げるなよ!甘えんなよ!』という厳しい光を湛えていた。
身が引き締まる思いがした。

先輩の会社とは残念ながらご縁がなかったが、その後ある銀行に就職が決まった。
内定者の集いに参加していたら、一人のリクルーターに、
「Uの後輩の在間さんやんな?」
と声をかけられた。
「オレ、あいつと同じゼミやってん。『在間はな、めっちゃ頑張ってる奴やけど、アピール物凄い下手やねん。上手いこと喋らせたってな』って電話もろうて。『オレが面接すんのとちゃうで』って言うたんやけど、『リラックスさせるくらいできるやろ。力になったってくれ。頼むわ。お前んとこが採っても絶対損せーへんヤツやさかいな。オレが保証する』って言われてな。おめでとうさん。これからもよろしく」
と言われて、とても驚いてしまった。
この銀行を受ける、とはお知らせしていたが、ここまでして下さっているとは思いもよらなかった。本当に驚き、有難さが身に染みた。
内定の報告をUさんがとても喜んでく下さったのは、言うまでもない。

翌年、Uさんの結婚式の二次会に呼ばれた。
花嫁さんに挨拶したら、
「あ、この人が」
とニコニコされたので不思議に思っていたら、
「二人で式場見に行く約束してた日ね、『後輩が就職で行き詰って困ってるけん、ちょっと遅刻する、ゴメン!』って電話かかってきて。在間さんのお話、聞いてたの。就職決まって良かったですね」
と言われて驚き、恐縮してしまった。
あの時Uさんはそんな事、一言も言わなかった。
一年前のことを平謝りに謝ると、花嫁さんはいえいえ、と笑って
「頑張って下さいね。これからも主人共々どうぞよろしく」
と頭を下げて下さった。
お似合いのご夫婦だな、と思った。

その後、Uさんは二人のお子さんに恵まれた。
どうしておられるだろう。
もう年賀状のやり取りもなくなってしまったけれど、時折懐かしく感謝の気持ちと共に思い出している。