見出し画像

軽いノリの子

アニメ『青のオーケストラ』(原作・阿久井 真、NHKEテレ日曜午後五時から放送中)を毎回楽しみに観ている。主人公のヴァイオリンの天才少年、青野一君は現在、千葉県立海幕高校オーケストラ部でコンサートマスター目指し頑張っているところである。
舞台がオーケストラと言うことで、どうしても吹奏楽をやっている自分の経験と重ね合わせて観てしまう。ああ、こんな子いるよな、こんな先生いるな、と思うのだが、最近私が強くそう思うのが青野の一つ上の先輩、羽鳥 葉である。

羽鳥は顧問の鮎川先生に「お前は口も演奏も軽い」と痛烈な一言をくらっても、
「先生は俺たちの為になる言葉しか言わねえ」
と青野達にしれっと告げ、先生をフォローする大物である。ダンス部とオケ部を兼部しつつ、ヴァイオリンは次期コンサートマスターとして期待されているほどの腕前だ。青野と佐伯に勉強を教える、成績優秀な生徒でもある。
深刻に物事を捉えず、いつも軽いノリで周囲をイライラさせる。が、周りの生徒達より大人で、一歩先を見通している。
彼を観ていて思い出すのは、最初の楽団で一緒だったホルンのU君である。

U君は正確に言うと中学校の同級生である。私が吹奏楽部を辞める直前に、中途で入部してきた。当時としては珍しく、サッカー部と兼部だった。
ホルンと言うのはギネスに認定されているくらい難しい管楽器だが、彼はコツをつかむのが上手いというか、途中入部なのにあっという間に上達した。
少しヤンチャで、髪を茶色に染めて生徒指導で引っかかり、先生に厳重注意されても
「わかった、わかった先生。でもな、オレもともと茶色いねんで」
と無駄な抵抗をしていた。普通そう言う風に言う生徒は、先生に目をつけられて異常に厳しいくらいの指導が行われるのだったが、U君が軽い調子でゴメンゴメンと笑いながら言うものだから
「今度までやぞ。ちゃんと染め直して来いよ」
と頭を拳骨で軽くコツン、とやられておしまい、なんてことが多かった。
クラブでは私は入れ違いだったから、あまり思い出はなかった。

私が楽器を再び始めようと思った時、楽器屋でたまたま働いていた中学時代の先輩がU君の名前を挙げ、彼が仲間たちと新しく立ち上げた楽団を紹介してくれた。U君の名前を聞いた時はへえ、あの子まだやってたんや、と意外な感じがした。
先輩に教わった番号に電話をした。中学時代はチャラい子だと思って距離を置いていたので、ちゃんと話をするのは初めてだった。
「よー久しぶり!またやるって?ウエルカムウエルカム!いつでも来いよ。楽器買ったって?ええやん、ええやん。一緒にやろうぜえ」
相変わらずの軽いノリだった。お堅い仕事に就いていた私はちょっとついて行けなかった。
「そんな軽いノリでええの?私初心者やで」
そう言うと、
「相変わらず真面目やなあ。ええねんて、最初は誰でも初心者!練習したらすぐ追いつく!一緒に頑張ろうぜ!」
と超フレンドリーな返事が返ってきた。不安はあったが、受け入れてもらえそうでホッとした。

「中学校の時、絶対オレのこと無視してたやんなあ?」
U君は笑いながら言った。
「うん、だってあんためっちゃチャラかったもん」
負けずに言い返すと、
「オレ、真面目やで。今まで一途に吹奏楽やっててんから。わかって欲しかったなあ」
とまた茶化して言った。
「どこが真面目やねん」
と笑いながら、でも案外チャラいのは外見だけだったのかもしれないな、と心のどこかで思った。

その後彼は楽団の代表として頑張っていたが、年齢が上がってくるとさっと運営から退き、吹く方に徹していた。楽団初の視覚障碍者向けのチャリティーコンサートを企画・実行するなど、コンクール一辺倒だった活動の幅を徐々に広げていく地道な努力を怠らなかった。
私が退団した後、残念ながら彼は家庭の事情で退団したと聞いた。
今はまた吹き始めているだろうか。いつかどこかで一緒に演奏できると嬉しいな、と思っている。