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思案中

女性は更年期に差し掛かると口髭が濃くなるそうだ。男性ホルモンの成せる技らしい。私も例外なくその一人である。シェーバーで優しく剃るのだが、追っつかない。職場ではマスクは必ず装着せねばならないので口元が公になることはないのだが、出がけに鏡に向かって化粧をしていると、どうしても口の周りの黒ずんだ感じが気になってしまう。
誰に見せるわけでもないのだが、鏡に映った自分の顔と言うのは物凄くアラが目立つような気がしてしまう。自分が他人の顔を見る時に髭の生え具合を気にしているかというと、ド近眼のせいもあり全く気にならないのだが、自分の顔には何故か細かい所まで厳しい判断を下してしまう。
私の顔にそんなに顔を近づけて見る人なんてそうそういないのに、と思うと我ながらおかしくなってしまう。

だが、じゃあ伸び放題に放っておいていいのか、と言うとそれも違う気がする。そういう投げやりな姿勢は自らの『女』を放棄しているように思う。いい歳になってはいるが、まだ『女』を捨てるほど落ちぶれているつもりはない。崖っぷちで踏ん張っているつもりである。
かなりご高齢のご婦人の中に、「この人はお爺さんなのか、おばあさんなのか」と真剣に観察しなければ判別できない方がいらっしゃる。こういう方には大抵、長い口髭がみょんと数本生えている。こういう方を拝見すると自分もそう遠くない将来はああいう風になるのかも、とちょっとげんなりすることもある。

そうはなりたくないので、今のところ頑張って口髭の処理をやっている。レディスシェーバーでの処理が中心だが、それ以外にも口髭の処理が「出来てしまう」ことがある。
二か月に一度通っている眉サロンには『口の周りの角質落とし』コースなるものがあり、私も一度試してみたことがある。
薄いゼリー状のものを肌に塗り、乾かないうちに小さな布を張り付ける。乾いた瞬間を狙ってべりっとはがすと、角質が取れてスッキリ白っぽい肌が現れる。サロンのスタッフさんが上手なのか、想像するほど痛くない。なかなか自分では綺麗にしづらい部分なので有難い施術なのだが、この際角質と一緒に口髭が抜ける。私の場合は角質よりも口髭がたっぷり抜けてしまったのだが、これはこれで良かったと思っている。ただかなり皮膚がデリケートな辺りなので、あんまり頻繁には行えない。また試したいとは思っているが、私の場合はどちらかと言うと、角質取りより口髭抜きたさが勝っている。

剃刀で剃ればいいではないか、と言う声が聞こえてきそうだが、私はこれをやらないことに決めている。
美容研究家の故・佐伯チヅ先生の教えだからである。
肌がボロボロだった頃、先生の著作にあった方法を忠実に実行してまともな肌を取り戻した私は、先生の方針に間違いはない、と信じている。その著作の中に
「顔は絶対に剃刀を使って剃ってはならない」
という記述があった。なんでも肌を最高に傷める行為なんだそうで、先生は厳禁だと書いておられた。
先生のお言葉はどれも自身の経験に基づいたものばかりで、とても説得力があったからこれも守ろうと思っているのだ。
でもうっかりしてじゃあ先生がどうやって口髭の処理をなさっていたのか、覚えていない。図書館で借りたので本がウチにない。便利な世の中だから調べればわかるだろうが、なんとなく面倒くさいのでそのままである。
これでは肌のケアに熱心なんだかいい加減なんだかわからない。

にしても、レディスシェーバーの優しい剃り方ではこの口の周りの剛毛はやっつけられない。マスクをしている時は良いけれど、楽器を吹く時や食事の時はどうしても口の周りを周囲に晒すことになる。
男性用なら剃れるかも、と思い、夫に「ひげ剃り貸して」と言ったら、「アホ、やめとけ」とたしなめられてしまった。結構切れ味鋭い物らしい。
誰も見ていない。でも自分は気になる。自意識過剰かも知れない。でも脳裏にお爺さん化したおばあさんの口元の、あの長い口髭が浮かぶと戦慄する。あれにはなりたくない。

いくつになっても「ちょっとでもカワイイ」女でいたい、と思うのは良いことだと思う。男性ホルモンのいたずらにどうやって対抗するか、目下思案中である。