だましだまし
先日来、ガスコンロの調子がおかしい。加熱し過ぎを防ぐセンサーが誤作動し、すぐに火が消えてしまう。炊事をするのに大変不便で困るので、不動産屋に連絡してみてもらったところ、もう交換しましょう、と言われた。
ただこのご時世、今発注してもすぐには入荷しないらしい。何とか使えないことはないので、入荷連絡があるまでしばらくの辛抱である。
大工さんからは
「まあだましだまし使って下さい」
と言われた。
我が家には、この「だましだまし」使うものがとても多い。
先ず台所のテーブル。もう随分傷んでいて、引っ越し業者さんにも
「これは持っていくテーブルですか?」
と聞かれたくらいである。傷を隠すようなタイプのテーブルクロスをかけたりして体裁を繕っている。
しかし子供がもし彼女をつれてきたりしたら、このテーブルでは恥ずかしいことこの上ない。近々何とかした方が良いかもしれないと思っている。
ホットプレートもそうだ。
鉄板がぼちぼち傷んできている。子供が家にいた頃はお好み焼きや餃子、焼き肉等に大活躍だったが、夫と二人の生活になってからは殆ど使わなくなってしまった。
ごくたまに夫が「餃子が食いたい」と言うことがあるので、思い出したように引っ張り出して使う事があるが、鉄板の調子がどうも心許ない。焦げやすいような気がする。使用頻度が低いのを良いことに、そのまま使い続けているが、恐らく遠くない将来買い替えねばならなくなるだろう、と思っている。
究極は夫のランニング用半袖シャツである。夫はこれをよく夏の登山の折りに着用していた。普通の登山には持参しないであろう、アマチュア無線の道具や、ドローン等をいっぱい詰め込んだリュックは子供一人分くらいの重さがあり、当然肩にくい込む。歩いて荷物が上下するため、摩擦で磨り減る。そう、つまり穴があいている。一応片方だけだがけっこう大きめで、干す時にハンガーにかけようとすると、ズボッと指が入ってしまう。
いい加減買い替えたら良いと思って、それとなく提案し続けているのだが、
「下に肌着を着るから目立たない」
と夫は言って、頑なに着用し続けている。
みすぼらしくて、洗濯の度に情けない気分になるので早く買い替えて欲しいのだが、夫には全くそんな気配はない。
しょうがないので、穴のあいた方の肩を外に向けないようにして干している。
夫の「気に入ったものを徹底的に使い倒す」のはシャツに限らない。
この人は女物の靴でも履けそうなくらい、幅が細くて甲の低い綺麗な足をしているのだが、どういう訳か、なかなかしっくりくる靴が見つからない。あれこれ試して、結局買わずに帰ってきたことも何度もある。
だからか、一度気に入るとそれを履いて履いて履き倒す。生易しいレベルではない。減った靴底に専用のゴムを塗って補強し、靴紐を取り替え、中敷きを取り替え、もはやどのブランドの靴だったかわからなくなるまで履き続ける。
日頃靴を扱っていると目が慣れるのでわかるのだが、夫の履いている靴はどちらかと言えば安物だと思う。が夫は
「値段じゃない。これがエエんや」
というので、まあ無理やり引き剥がす事も出来ないし良いか、と諦めて見ている。
「だましだまし」にはいつか必ず限界が来る。もうちょっと、もうちょっといける、と使い続けているが、そのうち物の方から「ゴメンナサイ」されてしまうだろう。そのタイミングはいつも突然だ。
コンロは入荷するまでもってくれるだろうか。テーブルは子供の彼女が来るまでに買い替えられるか。ホットプレートは次の焼き肉に使えるか。夫のシャツは次回の登山中に裂けないか。靴は明日の通勤中にバラバラにならないか。
「だましだまし」はこんな調子でいつの間にか、スリリングで怠惰な、我が家に染み付いた習慣になっている。