見出し画像

虚無僧的楽しみ

管楽器の基礎練習の3点セットといえば、『ロングトーン、スケール、エチュード』である。
ロングトーンとは目茶苦茶大まかに言うと、ロングな(長い)トーン(音)を出す事による練習である。スケールとはざっくり言うと運指の練習。エチュードは練習曲の事である。

この3つの練習は、大抵の人に嫌われる。何故か。面白くないと思われがちだからだ。
ロングトーンにはメロディはない。スケールにもメロディはない。練習曲にはメロディ(作品によってはとても美しい)は存在するが、技術を向上させる事を目的として作られている為、演奏者にとって悩ましいフレーズが多い。つまり、気分よく吹けない。

スケールは普段からやっておかないと、曲を吹く時必ず躓く事になる。数多のスポーツ選手が、走り込みを怠ると身体が思うように動かない、と言うのと似ている。だからほぼ"機械"になりきって、黙々とやる。あまり色々考えない…まあ夕飯のおかずを何にしようか、とかはたまに考える事もあるが、頭の中はほぼ"無"になって、一定時間延々とひたすら指を動かす。
好きでも嫌いでもなく、私の中ではやる事に決まっているからやる、という位置付けの練習である。

私が好きなのはロングトーンである。
こう言うと、楽団の友人には奇異の目で見られる。マジ?退屈やのに?修行僧みたいで嫌や!やりたくないけど、しょうがないからやるくらいやのに等、よく言われる。
だが個人的にはロングトーンについて、『退屈』というのは当てはまらないと思っている。

自分の音を集中してじっと聴いていると、一つの音から色んな音が聴こえてくる。
音程の『幅』のようなものというか、厚さ?みたいなものが“見える”ような気がする。丁度バウムクーヘンのシマシマを見るような感覚である。上手く言葉で表現出来ないけど、私には『見える』というのが一番しっくりくる。
この音程の幅をじっと体感している瞬間がとても楽しい。

音の立ち上がりを上手く出す練習も面白い。
ロングトーンの出だしは、今にも消えそうなpp(ピアニシモ)から始める。リードに舌をつかず、息の圧力だけでこの弱音を出すのはとても難しい。が、成功した時は、物凄く細い平均台に上手に乗れた時のような、「チョレイ!」と言いたくなるような、感覚を体得出来た嬉しさがある。
弱音を上手く出せると言う事は、息のコントロールが上手く出来たと言う事。上達を実感できて、嬉しくなるのだ。

実は吹く楽器というのは、ただ闇雲に息を入れれば鳴る、というモノではない。
息は"楽器が一番よく鳴るツボ"を『狙って入れる』のである。でないと良い音がしない。この『ツボを狙う』行為が即ちコントロールである。
だから、『ロングトーンを制する者は楽器を制する』と言っても過言ではないと思う。

息が上手く"ツボ"に当たると、楽器に添えている指の腹にリードの振動が伝わってくる。これがめちゃめちゃ気持ちいい。
そして楽器の中を通っていく、自分の息の流れが"見える"ような気がする。
こういう時はとても良い音色が鳴る。またまた嬉しくなる。

ロングトーンの間は、チューナーもつけっぱなしだ。音程の確認をする為である。ガン見はしないが、常になんとなく視界に入れている。
だから目、耳、脳みそ共にフル稼働している。聴くことにとても集中している時間は疲れるけど、楽しい。

我ながら虚無僧みたいだなあ、と思う事もあるが、色々工夫しながら良い音を出す為に試行錯誤を繰り返すのは、私にとって至福の、大切な楽しい作業時間である。