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泣くのが仕事

ご近所に最近どうやら赤ちゃんが産まれたようだ。時折あの新生児ちゃん独特の泣き声が聞こえてきて、思わず微笑んでしまう。顔も手もちっちゃいだろうな、いい匂いするんだろうな、お母さん大変だろうな、と色々思うのも楽しかったりする。

だが、お家の方は気が気ではないようだ。
以前夫が仕事から遅くに帰宅すると、赤ちゃんを抱っこした若いお父さんとおぼしき男性が、所在なさげにぶらぶらと歩いていたらしい。特別よく泣く赤ちゃんとも思えないが、家と家が密集しているから、特に夜泣きは気を遣うのだろう。
気の毒やねえ、もうちょっとで寝るようになるんやけどな、などと夫婦で話していた。

独身の頃、冬の混み合った電車で火の着いたように泣く赤ちゃんに出くわした事がある。若い夫婦は必死でなだめすかしていたが、余計に激しく泣く。丁度帰宅ラッシュの時間で、車内にはあからさまに眉をひそめたり、中には冷たい一瞥をくれて大きく舌打ちする人もいた。皆疲れているだろうから心境もわからないではないが、夫婦は本当に困って、肩身の狭い様子で、気の毒だった。

すると、少し離れた座席にいた老婦人が立ち上がり、夫婦の所へやってきた。そして、
「赤ちゃん、きっと暑いのよ。混んでるし、暖房効きすぎでしょ?なのにこの子お外の格好のままだから。きっと喉も乾いてるわ。上着脱がせたら、お茶あげてね」
と言った。
夫婦は言われるままに赤ちゃんの上着を脱がせた。この子が泣き止むなら、誰のアドバイスでも聞きます、という感じだった。
すると赤ちゃんはピタリと泣き止んで、凄い勢いで哺乳瓶の中の茶をグイグイ飲みだした。

老婦人はニコニコと赤ちゃんに手を振り、次の停車駅で降りていった。夫婦はあまりの大変さから開放されて、お礼を言う事も忘れて呆然という感じだった。
私はおばあちゃん凄ーい!と経験者の手腕に感心した。

赤ちゃんは泣くのが仕事。だけどその大変さは、実際に育児に関わった人でないとわからない気がする。
その渦中にいる時は、周りに迷惑をかけてる、どうしようと気ばかり焦る。そして心身共に疲れる。
でも赤ちゃんの相手は体力勝負。疲れた上に更に体力と気力を振り絞らねばならない。これは結構キツイ。オリンピックのアスリート並みの強靭さが自分にあれば、もう少し育児も楽だろうに、と我が身の脆弱さを何回嘆いた事か。

周りの人間にその大変さを少しでも理解して、寄り添う気持ちがあれば、きっと育児はもっとしやすくなる。あの老婦人のように、そっと助けてあげる人がいるのも嬉しいけど、その前に冷たい視線を投げる人達がいなければ、あの夫婦ももう少し落ち着いて、我が子の様子を観察出来ていたかも知れないと思う。

世の中がこれからも、赤ちゃんとその家族に優しくありますように。それが少子化対策の一つでもあると思っている。