因果な仕事
私は働き出してからというもの、未だ嘗て『お盆休み』というものを取ったことがない。
若い頃は銀行勤めだったから、正月は休みがあったけど盆は関係なかった。取引先はお休みになるところが殆どだったから、営業は暇になる。しかし普段は来店できないサラリーマンなどが来られたりして窓口は混雑することが多かったから、その手伝いなどはやっていた。
だからお盆は『暇だけど忙しいもの』だった。
結婚してパート勤務になったけれど、勤め先は年中無休だった。特に食品を担当している時は、お盆は目が回るくらい忙しかった。休みを取るなんてとんでもなかった。
田舎のお盆は人口が増える。そして普段は売れないものが売れ、普段では考えられない量が売れる。こんな時期にまったりと休むなんて、あり得なかった。
今の職場も年中無休で、盆休みはないし、取る人もいない。以前と違って都会だし、扱っているのが食品ではないので忙しくはないが、この時期を境に売り場のレイアウトを変えたり、秋物がボツボツ入ってきたりするので、何かと気忙しい時期ではある。
だからこの時期に、新幹線のホームなどでマイクを向けられて
「いやあ、明日から仕事なんです」「リフレッシュ出来ました」
などと、ぐったりした子供を抱っこしながらにこやかに答えるお父さんをニュース映像で見かけると、フーン、とは思うが、今一つ共感できない。
夫が休みの前日に
「ああ、明日から一週間休みやあ!」
と嬉しそうにニコニコするのを見ては、はいはい良かったねえ、と言いはするものの、彼の嬉しさを心から分かってあげることは、結婚以来今まで出来ないでいる。
『盆休み』の心境ってどんなだろうか。ゴールデンウイークの子供みたいな感じなのかなあ。それならちょっと分かるのだが。
ウチの家の裏に、少し前から小さな老人ホームが建設中である。
外側の工事が大体終わり、今は内装をやっているようなのだが、この工事を手掛ける職人さん?達が全く休まない。それこそ日曜日も祝日もお盆も関係ない。気温が三十八度とかになっていても、平気で談笑しながら作業をしているのが聞こえてくる。
朝は七時かっきりから仕事を始める。夕方は五時頃に止めることが多いが、酷い時は夜の九時近くまで、何かしらやっていることもある。仕事とはいえこの暑い中、毎日毎日よく体力が持つもんだ、と感心している。
一度など、夜中の十二時前まで音が聴こえていて、これって条例とか、労働基準法とか、色々マズいんじゃないか、となんだかこちらが落ち着かなかった。
昨夜も九時過ぎまで音が聴こえていた。この人達、大丈夫なのかしら。
外に表示してある工事予定の看板を見ると、この施設は十月が完成予定のようである。完成までずっとこんな調子だったら、大変だなあと思う。
もう随分出来上がっているような気がするのだが、施設は普通の家と違って、内装に時間がかかるのだろうか。
なんにせよ、この方達も『盆休み』なんて関係なさそうである。
私が若い頃、お盆に仕事に出かけようとすると、母は大仰にため息をついて、
「あんたは地獄の窯の蓋も閉まる時に働きに行くんかい。因果な仕事やなあ」
と言ったものだった。
母が言うには、お盆には地獄のエンマ大王様もお休みを取るそうで、生前悪いことをした人を放り込む窯の蓋を閉めるらしい。いつも面白い言い方だな、と思って聞いていた。
きっと昔は『この時期は何もかも休んで、帰ってくる亡くなった人の御霊を心静かに家族みんなで一緒に迎えよう』という意識が強かったのだろう。『そんな時期に働くなんて、御霊に失礼。言語道断』という感じだったのだと思う。
生憎今に至るまでずっと、『因果な仕事』に就いている私には、そういった感覚はあまり育っていない。
ご先祖様への感謝は忘れていないつもりだけど、ちょっと残念な気もしている。
夫の盆休みも、残すところあと二日だ。