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引きが良い

先日の超繁忙日、私のレジにはひっきりなしにお客様が訪れていた。
「もうコロナも終わったって感じですね」
課長が呟くように言う。確かにキャリーケースの購入も増えてきたし、入学式・入社式なども普通に行われる予定なのか、そういう商品のお尋ねも増えてきた。世間は遅まきながら元通りになりつつある、という印象を強く受ける。

外国人のお客様も増えてきた。店の方も既に準備を進めている。一月には免税の研修がパートを含む全職員に実施された。
免税というと空港や百貨店を思うが、それはきっと観光客が主だ。私の勤めるスーパーには短期滞在の船員さんや、一時帰国中の海外在住の日本人などが多く訪れる。といっても数は百貨店などとは比較にならないから、わざわざ免税カウンターを用意して人員を割く余裕はない。
そういうお客様が来れば、各レジが免税カウンター並みの対応をするのである。

免税の手続きは煩雑でとても大変だ。課長は「免税のお客様には最低でも三十分頂くように」と常々言っている。マニュアルも作成されてはいるし、最近は便利なQRコード読み取り機が出来て随分手続きも簡素化されてはいるのだが、商品を専用の袋でパッキングしたり(消耗品などは国内で使用しない為)、パスポートを読み取ったり、上陸許可証の年月日を確認して上陸日が半年以内か確かめたり、やることが山ほどあってうんざりする。でもちゃんとやらないとお客様に迷惑がかかってしまうので、気が抜けない。
免税のお客様の応対をしていると、当然後ろは長蛇の列になる。焦るなと言われても焦ってしまう。

その超繁忙日の最中、金髪の子供を抱っこした日本人らしき若い女性客がレジにキャリーケースを持ってきた。課長は私にキャリーケースの販売に慣れさせる為か、「在間さん、キャリーのお客様お願い」と言って自分は隣のレジを開けた。
「いらっしゃいませ」
応対した私にお客様は開口一番、
「免税でお願いします」
と言った。その瞬間、隣の課長がプッと吹き出した。
『コイツ、またエライの引き当てよったわ』
といったところだろう。
私は気が気じゃない。研修といってもビデオを観ただけである。マニュアルもざっと目を通した程度だし、第一見ながら出来るようなシロモノではない。器械の扱いもやったことがない。パニックになってしまった。
「課長…」
上目づかいで課長を見る。課長はため息をついて、来てくれた。
課長が抜けたレジにはFさんが入る。次々とお客様をさばいていくFさんの手際の良さ。さすがだ。

一時帰国中のお客様だった。旦那様は海外の方で、普段はそちらにお住まいとのこと。帰国するのにキャリーケースを新調されるとのことだった。
課長と大汗をかいてお見送りしたのは接客開始からとっくに三十分を過ぎていた。
「ちゃんと免税復習しておいて下さいね」
課長が釘をさす。
「あなたは本当に引きが良いなあ」
Fさんは感心して笑っている。いくら免税のお客様が増えたと言ったって、そうそう来るものではないらしい。

昨日もかなりレアなお客様が来られた。
最近は健康志向の高まりから、某有名フィットネスジムと共同開発しました、というようなシューズが売られている。ウチの売り場でも数点扱っているが、特にそれだけで売り場を組んでいるわけではない。レジに持ってこられた商品を見て、ああこれか、と思う程度の認識である。値段も高価だし、そうそう売れる商品ではない。
ところが私以外誰も居ない開店すぐの時間に、この商品がどうしても欲しい、というお客様が来られた。しかもすぐ履いて帰りたいと仰る。
悪いことに、この商品は提携開発商品とそうでない商品が全く同じ箱に入って売られている。つまり箱の外見からはどれが提携商品でどれがそうでないか、全くわからない。ずらりと並んだ同じ箱を前に、私は途方に暮れてしまった。
普通、靴の箱には箱番号がふってあり、どの商品か一目でわかるようになっているが、このメーカーの商品はそれがない。探すのが最も厄介なタイプである。
やむを得ず二階の衣料担当のKさんに応援を要請し、なんとか事なきを得た。
後からきた靴担当のOさんにも聞いてみたが、やはり区別は箱ではできず、いちいち箱を開けて靴についているタグで判別するしかないそうである。そんなの、初めて知った。
「引きますねえ、在間さん」
Oさんにもニヤニヤ笑われてしまった。

もうビギナーとは言えなくなってきたが、相変わらず珍客を引き寄せてしまうこの体質はどうにかならないものか。悩ましい限りである。