見出し画像

それが問題だ

我が家の塗り替え工事が始まって一カ月が過ぎた。今週末には足場を外して終了とのことで、視界を遮る鬱陶しいメッシュシートが取れ、やっとベランダが使えるようになる。今から待ち遠しい。
ウチは借家なので、自分達で工事業者を決めることは出来ない。大家さんと不動産屋さんで決めたところが来てくれている。
自分でお金を出さずに綺麗にしてもらうのだから、文句なんて言えようはずがない。ただ有難いだけである。

そう、文句なんて言えようはずがない。
しかし、である。この業者さん、明るく挨拶して下さる良い方ばかりなのだが、困った事に少々お行儀が悪い。
休日でも早朝からやってきて、家の前の道で大きな声で談笑する。仕事熱心なのは結構だが、はっきり言ってうるさい。
オマケにどなたか分からないが、中の一人が煙草を吸う。ウチのすぐ横の道路で吸うので、私の大嫌いな煙草の匂いがダイレクトに家の中に入ってくる。そういう時はそっと窓を閉めるようにしている。
勿論塗装作業中、窓は閉めっぱなしにしているが、朝彼らが来るまでの僅かな時間、ちょっと換気の為に開けているのである。折角の換気なのに、煙草の煙が入って来ては何のための換気かわからなくなる。
やめて頂きたいが、借家人という立場と、僅か数週間の辛抱だと思うのと、若い職人さんにうるさいオカンみたいな事を言いたくないので黙っている。

ウチの裏側には屋根なしの駐車スペースがある。頼りないものではあるが、一応アコーディオン門扉がついており、簡単には侵入できないようになっている。
職人さん達が来始めて間もないある日、ゴミ捨てのついでに何気なくこの門扉に目をやると、ヨレヨレの黒いタオルが一枚かかっていた。
その時は『あ、工事の人が忘れていったのだな』ぐらいに思っていたのだが、その日の作業が終わって外を掃きに出てみると、同じ所に件のタオルがはためいている。あれ、持って帰らなかったんか、じゃあ何かの為に置いてあるのかな、と思った。
失礼ながら色褪せた、こ汚いタオルなのであんまり見栄えがよろしくない。面倒でも持って帰って頂くか、もっと目立たない場所に置いていってくれれば良いのに、と思ったがまあしょうがない、そのうち持って帰ってくれるだろう、と気楽に考えていた。

しかし一週間が経ち、二週間が経ち、一カ月を過ぎた現在も件のタオルは定位置ではためいている。雨が降ろうが、雪が降ろうが、全く取り払われる様子はない。
今回の工事におけるこのタオルの役割は一体何なのだろう。そしてコイツは本当に必要だからここに置いてあるのか、それとも単に忘れ去られているのか、面倒だから置きっぱなしにしているだけなのか、私は考えれば考えるほど分からなくなってきた。

この門扉はウチの班のゴミ集積所の真向いにある。
火曜日と土曜日の燃えるゴミの日、私は家の周囲の細かいゴミをついでに拾ってウチのゴミと一緒に捨てることにしているのだが、その時この薄汚れたタオルがどうしても目に入る。余程一思いにかっさらって、ゴミ袋に投入してやろうかとも思う。実際に手を伸ばしてみたこともある。
しかしやはり『必要なものかも知れない』と思うと、私の手は止まる。勝手には捨てられまい。結局、風にはためくタオルを横目で見ながら、普通にゴミを捨てて立ち去ることをこの数週間、繰り返している。

こんなこ汚いものがウチの門扉にかかっているなんて、嬉しくない。
出来れば抹殺したい。でも他人のものである。勝手に処分出来ない。
いっそ何も考えずにゴミ袋に回収しこっそり捨てて、『え!おたくのだったんですか!知りませんでした~ごめんなさい!!』と業者さんに白々しい嘘をついてしまおうか、なんてことも考えたのだが、やっぱり諦めた。
どうも不自然でよくない。
それならストレートに『汚いし捨てさせてもらいました。良かったですか?』と訊く方がマシだろう。
それも失礼過ぎていけない。
悔しいが、やっぱり現状維持しかないような気がしている。

今日も件のタオルは定位置ではためいている。
週末、業者さん達が立ち去った後、あのタオルはどうなっているだろうか。
もしあったら、速攻でゴミ箱行きだ。それは間違いない。『お忘れですよ』なんて絶対言わない。
でもそれまでの数日間、捨てたい気持ちと捨てるべきでないという気持ちが私の中で毎日せめぎ合うことになるだろう。
捨てるべきか、捨てざるべきか。
それが問題だ。